2005年01月14日
「東京日和 二日目」
朝11:30に新宿でメンバーのY氏と待ち合わせた。Y氏は旅の間、東京に住んでいる妹の部屋で寝泊りしている。普段はコアラのようにゆっくり動く Y氏は7年間東京に住んでいただけあって、スタスタと歩いて行って切符をゲットしコインロッカーに荷物を預け、ツアーガイドのように僕らを先導した。
「オダキュウセンにのるから。」とY氏。
「オバキューサン?」と下ジーン。
「・・・・・・。」完全に無視するあたりも東京チック。
新宿河田町の山形国際ドキュメンタリー映画祭東京事務局の濱さんを訪ねたのは午後1時。濱さんはお昼ご飯を食べていた。
「こんにちわぁ」
「はい、どうもどうも」
と人懐っこそうな笑顔で僕らを迎えてくれた。山形国際ドキュメンタリー映画祭と言えば国内最大のドキュメンタリー映画祭で、2年に1回国内外から集められた作品を審査し、その選りすぐりを上映している。その映画祭から今回招待作品として3作品を借りることとなった。「若い監督による作品で、時間が 20分以内であること、テーマがはっきりしていて心に残る作品」という勝手な注文をつけてリストを挙げてもらった中から3作品に絞ってお借りする。沖縄出身の映画監督 安里麻里さんも忙しい中駆けつけてくれた。吹き抜けの事務所で、積み上げられた作品や、書類に囲まれた仕事をしている濱さんの顔は本当に生き生きしている。沖縄からのお土産をみんなでつまみながら(おいしかったな、紅芋タルト)映画や沖縄の話に花を咲かせた。1時間くらいの予定が、気がつくと3時間近くも話し込んでいる。次の予定も迫ってきたので、後ろ髪を引かれる思いだったが僕らは事務所を後にした。ありがとう、濱さん。ありがとう安里さん。
<新宿から代々木に移動>。
その日、東京は4℃だった。沖縄じゃ10℃を切ることは殆どない。冷蔵庫に閉じ込められた蝿のように眠気が襲う。手と手をこすり合わせて温めながら代々木の駅で下車し、待ち合わせ場所へと向かう。下ジーン、Co氏、Y氏はドキドキ。と、そこへ「おーい下ジーン」と呼ぶ声が。振り替えると大きな男が立っている。中川監督だ。今回の沖縄映像祭の審査員長を引き受けてくれた方で、『青い魚』で監督デビューして以来殆どの作品を沖縄を舞台に撮影している。これまで電話やメールだけのやりとりだったので、直接会って話がしたかった。カンボジア料理を食べながらあいさつもそこそこに、好きな映画の話や、映画祭の段取りを説明した。
中川さんは、「豪快で熱い男」だった。そして沖縄をとても大事に思っている方だ。
宅地開発や、ビル建設によって急速に変化して行く過程で失いつつある「筋路(スージグワー)」。綺麗に舗装された道路や打ちっぱなしのコンクリートの建物がどんどん建ち並んで行く一方で、「まちの匂い」は薄くなり、立ち話をするには危険な場所になりつつある。子ども達が、ゴム飛びをしたり、おばあ達が野菜を売ったりする風景を大事に、大事に映像の中に取り込んでいる。「いわゆる沖縄」ではない沖縄を。都会では風化しつつある風景を。彼は自らの原風景と重ねていた。東京に来たかいがあった。昨日のスイートルームに引き続き、スイートヒューマンに出会えた。ここで運を使い果たしてなければいいけど・・・・・。
「オダキュウセンにのるから。」とY氏。
「オバキューサン?」と下ジーン。
「・・・・・・。」完全に無視するあたりも東京チック。
新宿河田町の山形国際ドキュメンタリー映画祭東京事務局の濱さんを訪ねたのは午後1時。濱さんはお昼ご飯を食べていた。
「こんにちわぁ」
「はい、どうもどうも」
と人懐っこそうな笑顔で僕らを迎えてくれた。山形国際ドキュメンタリー映画祭と言えば国内最大のドキュメンタリー映画祭で、2年に1回国内外から集められた作品を審査し、その選りすぐりを上映している。その映画祭から今回招待作品として3作品を借りることとなった。「若い監督による作品で、時間が 20分以内であること、テーマがはっきりしていて心に残る作品」という勝手な注文をつけてリストを挙げてもらった中から3作品に絞ってお借りする。沖縄出身の映画監督 安里麻里さんも忙しい中駆けつけてくれた。吹き抜けの事務所で、積み上げられた作品や、書類に囲まれた仕事をしている濱さんの顔は本当に生き生きしている。沖縄からのお土産をみんなでつまみながら(おいしかったな、紅芋タルト)映画や沖縄の話に花を咲かせた。1時間くらいの予定が、気がつくと3時間近くも話し込んでいる。次の予定も迫ってきたので、後ろ髪を引かれる思いだったが僕らは事務所を後にした。ありがとう、濱さん。ありがとう安里さん。
<新宿から代々木に移動>。
その日、東京は4℃だった。沖縄じゃ10℃を切ることは殆どない。冷蔵庫に閉じ込められた蝿のように眠気が襲う。手と手をこすり合わせて温めながら代々木の駅で下車し、待ち合わせ場所へと向かう。下ジーン、Co氏、Y氏はドキドキ。と、そこへ「おーい下ジーン」と呼ぶ声が。振り替えると大きな男が立っている。中川監督だ。今回の沖縄映像祭の審査員長を引き受けてくれた方で、『青い魚』で監督デビューして以来殆どの作品を沖縄を舞台に撮影している。これまで電話やメールだけのやりとりだったので、直接会って話がしたかった。カンボジア料理を食べながらあいさつもそこそこに、好きな映画の話や、映画祭の段取りを説明した。
中川さんは、「豪快で熱い男」だった。そして沖縄をとても大事に思っている方だ。
宅地開発や、ビル建設によって急速に変化して行く過程で失いつつある「筋路(スージグワー)」。綺麗に舗装された道路や打ちっぱなしのコンクリートの建物がどんどん建ち並んで行く一方で、「まちの匂い」は薄くなり、立ち話をするには危険な場所になりつつある。子ども達が、ゴム飛びをしたり、おばあ達が野菜を売ったりする風景を大事に、大事に映像の中に取り込んでいる。「いわゆる沖縄」ではない沖縄を。都会では風化しつつある風景を。彼は自らの原風景と重ねていた。東京に来たかいがあった。昨日のスイートルームに引き続き、スイートヒューマンに出会えた。ここで運を使い果たしてなければいいけど・・・・・。
Posted by OMPF at 22:20│TrackBack(0)
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