2006年03月26日

「骨」

(お断り:即日掲載の予定でしたが、諸事情により遅ればせながらの掲載にて…)

 先週、大学時代からお世話になっているM先生のお父様が御逝去された。下ジーンも一度お会いしたことがあって、たしかM先生の誕生会での席だったと思う。

 「彼は、医者だったのでパーキンソン病を患ってからは誰よりも葛藤していたと思う」とM先生は固く閉じられた瞳のお父様の前で湧き水のような小さな声で話した。とても厳しい人だったという。でも、そのDNAは子供達にちゃんと引き継がれていて大学の先生とチェンバロの奏者という非凡なる成長へと導いた。一度だけの付き合いだが、ずっと前から知っていたような不思議な気持ちで棺桶をのぞき込んでいた。外は、肌寒いが小春日和。

 親戚や旧友、職場仲間が次々に訪れて最後の別れを偲んでいた。下ジーンは、砕いたガラスを散りばめたような美しい陽の中を故人が横たわる棺を担いで霊柩車にのせた。

 その足で、火葬場に向かう。
 
 2時間足らずで肉体が目に見える世界からは消える。

 生と死を分かつものは何だ?

 システマチックに淡々と進むことについていけない女の子が泣き崩れた。遺骨を見せ付けられ、受け入れる以外に選択肢は与えられない残酷さに自己防衛のためか地面のタイルの数を数えてみたりする。

 はい、終わり。
 はい、始まり。

 誰が最初に、始めと終わりの号令をかけたのだろう?誰が、世界で最初に死んだのだろう?
下ジーンも死ぬのだろうか?でも、それでも、死ぬまで生きる。当たり前のことだけど、意味が違う。
毎日毎日、豊な心で全力で生きる。

 それが、生きているものが唯一できる死者への供養なのだから。



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