2006年08月29日

ニュース

子供の頃は無敵だった。明日が楽しみで、今日が終わって欲しくなくて。
眠る前には読みきれない程の絵本を運んできて一日の終わりを告げようとする眠気と戦い、時には夢の中にまで物語を運んだ。

僕は、「最後」という言葉が昔から好きじゃない。

あれは、確か5歳の頃。

近所にいじめっ子がいた。体が大きく、喧嘩ばかりしていたそのいじめっ子は、もれなく僕をいじめた。で、泣きながら帰ると母親はちょうど夕飯を作っていた。ホッとしたのか悔しかったのか、顔を見るとさらに泣けてきた。普段から、怪我や悪戯で周囲を驚かせてばかりいたのでいつものことかと思ったのだろう。「おいで」と、抱きかかえたまま鼻歌を歌った。どんな交響曲よりも、どんな歌手よりも平穏を取り戻す鼻歌を。琥珀色に染まった窓の外は、とてもとても遠くにあるようだったし、まな板の上にはブロッコリーやら人参やらが退屈そうに待っていたが、僕の時間を彼女は優先してくれた。当時は永遠だった。でも、まだ涙が乾かぬうちに僕に言った。

「重くなったわね。お母さんが、抱っこできるのはそろそろ限界ね。これからは、年をとって行くお母さんをいつかあなたが抱えるようになるんだろうね、今日が最後かな。」

最後。

もう、これからは決して戻ることができない、という意味。僕は、杭を打ち込まなければいけない。深く深く、振り下ろす度、「終わりなんだ」と頭の中で言い聞かせる。

大人になるということは、感受性を食い尽くしていくことのように思え、強烈に失いたくない何かを理解できず、小学校に上がった春、家のベランダに「こどもでいたい」と彫りこんだ。無敵だったのに。あんなに無敵だったのに。怪我をしないようになって、敬語も使えるようになって、社会の“チツジョ”にもそれなりに触れ、お金の大事さを分かってきた代わりに僕は何かを失ったのかもしれない。その、“何か”というのは理由の無い真実。理屈じゃ追いつけないこと。圧倒的な楽しみ、とか。

夕方のニュースで、若い母親が、子供2人を殺害したと鬼の首を取ったように報じていた。飲酒で子供3人を死に追いやった若い公務員に、抗議の電話が鳴りっぱなし、というニュースも流れた。この国は匿名で「悪(こちら側にとっての)」を攻撃する。特に、これと言ったオチを用意してないが、ニュースにつられて記憶が蘇った。
ただそれだけのことだ。                         

下ジーン  

2006年08月28日

ノミネート作品決定!

連続で初日記です☆
はじめまして。事務局スタッフのHです。

今日はイレギュラーで週末にみんなで集まり、応募作品の1次選考をしました。今日でやっと全作品の選考終了!!!・・・と思いきや、再生しても映像が出てこないテープが・・・。
うまくダビングできていなかったようです。

まぁでも、この1作品を除いてすべて見終わりました。1時間半以上の長編作品もあれば、1分以内のものもあり、表現の仕方も内容もホント様々で、見ていてとっても楽しかったです。いろんな人がいて、いろんなこと考えてて、いろんなことに焦点当てて見てて、いろんな「生きる」があって、ほーんとにいろいろ。表現する術を持ってるって素敵やなぁと思いました。

同じ作品を見てもスタッフみんなハマるツボも違って、あーだこーだ言って、ノミネート作品が決定しました。これを大きなスクリーンで見るのが楽しみ☆

あと3ヶ月。もうすぐやー(*^ー^)ノ


※9月1日(金)、当サイトにて今年のノミネート作品いよいよ発表!  

2006年08月24日

初にっき

どうも、はじめまして。二人目のおじぃちゃんです。
これからたまに出てくるのでよろしくです。

昨日、週に1度の定例会議があり、1時間遅刻して事務所に入ると見たことのない方が2名。
映像祭に興味があって会議を見に来たのだそうだ。・・・ちょっとうれしい。

さて、この日の打ち合わせは予算に関することとプログラムを早く決定しないといけないため段取りをとりあえず決めた。今週一通り審査したあと、再び気になる作品を審査する方向性になった。

スタッフのみなさん!結構タイトなスケジュールだが、そろそろ本格始動しないととてもじゃないが足が巣食われるにおいがする。でも焦っちゃあまり良いことないので、気長に一つ一つ項目をつぶしていきましょう!
死にそうな方は前もって「もう少しで死ぬ・・・。」メールや書き込みをお願いします!
では、またこんど。

オキナワモーションピクチャーフェスティバル事務局スタッフ LH  

2006年08月23日

恋愛学概論2時間目

“愛”の定義。一応辞書によると、

「親兄弟の慈しみ合う心。広く、人間や生物への思いやり。男女間の、相手を慕う情。大切にすること。キリスト教で、神が自らを犠牲にして人間をあまねく限りなく慈しむこと。(参照:広辞苑)」だそうだ。愛って、人間の専売特許なのかしらん?詳しいことは存じ上げないが、日本には元々“愛”って価値観は無かったように思える。日本における愛に相当する単語を強いて言えば「循環」かな・・・?生きるために、或いは、小さなコミュニティーでも滞ることなく関係を維持するために、自然と(子供がオリジナルのルールで野球をするように)堆積してきた意識が日本にはあって、“愛”はヨーロッパからの外来語なのかと。(もしかして、すでに常識?!うーん、無知は恐ろしい)つまり、便宜上生まれたシステムってこと。うわー、超クールな考え!
でもさ、世界中の国々の世界中の人が“愛”について共通した認識があるなら、それこそ「愛は地球を救う」が実現しそうだよね。今もこの瞬間も、どこかの国では戦争しているし、飢えている。そして、大概“愛”を声高に叫ぶ人の殆どが先進国。

下ジーンが思うに、(前にも書いたが)愛はマイノリティーじゃないかなあって。とても、不確かなもの。呼吸のように当たり前で、呼吸のように根源的だけれど普段は意識されない存在。だから、大事にしなきゃなんない。

愛よりも食料を必要としている人、愛よりも怪我の治療を望む者が沢山いる。その人が一番必要としていることをまずしてあげたい。しかぁし、ご周知の通り、私は深海の空き瓶のように無力。例えばコーシーを飲むたびに「ああ、これは外国の農薬たっぷりのプランテーションで働く幼い子供達が小さな手で摘み取った豆が遥々ウチナーくんだりまでやってきたのですね」と胃袋を満足させながら想像するのです。そこにフェアトレード商品があれば選ぶが、なければ無いでそのまま飲んじゃう。その辺りは中途半端だなあって思うけど、可能な限り「一度当たり前を疑って」いる。

世界中の問題を受け止める器は下ジーンには無いので、日常の中でまず周囲の人を愛して、余裕が出たらたまには募金でもやろうかなあ、っていうスタンス。

全然かっこ良くない。

とてもじゃないが、模範解答は示せない。が、できることしかできないのでできることをできるだけするということ。ふふふ、ややこしいぜ。これに尽きるのです。本日のまとめをすると、

「愛とは、命が保障されて成立し、世界に触れて深みを帯び、与えられて蓄積されるものだが、電池と異なり、使っても減らない」ということだ。

よし、これからは愛の定義は上記の通りとす。
下ジーン  

2006年08月20日

ノミネート作品選考中!

実行委員長の独り言であったようにぎりぎりまで危ぶまれた応募作品の投稿数は消印有効分が届いたとたんドカンとふくれあがった!写真はほんの一部になります。

現在、当実行委員会により、映像祭当日上映されるノミネート作品の選考真っ最中です。今回の傾向としては、いつもの常連さん以外の新規参入者の作品が多いということ。県内にもまだまだ映像作品を造っている方々がこんなにもいたんだという発見と、内容的にはまだ「卵」の作品も多いのだけれども今後の沖縄映像産業を担う若者の存在に期待せずにはいられないのです。

ノミネート作品選考終了後、今度は前回同様「招待作品」「特別プログラム」等の内容かために入ります。みなさんご期待ください。

オキナワモーションピクチャーフェスティバル事務局スタッフ OT  

Posted by OMPF at 12:27Comments(0)TrackBack(0)事務局の動き

2006年08月18日

生きる

僕は生きている。食べて、飲んで、寝て、時々恋をして2006年の8月を過ごしている。
人間は食物連鎖の頂点に立っている、という絵を幾度と無く目にし、「人間一人の命は地球より重い」と刷り込まれてきたが、今は声を大にして言える。

「人の命は多くの犠牲の上で成り立つささやかな存在でしかない」と。

生きる権利を振りかざし、山を崩し、海を埋め立て、武装し領土を拡大させ、高級食材を油まみれの胃に流し込み、己の正義を信じて疑わないのが我々人間の社会。

愛はマイノリティーなんだよ。

だから、大切にしなきゃいけない。でもそれは、恋とは少し違う。本質的なスピードで、歩こうか。神とか霊とか特別信じてはいないが、いても不思議は無い。そして、存在しているほうがロマンチックだと思う。

で、幸いなことに僕は生きている。

下ジーン  

2006年08月14日

今年のOMPF

実行委員長という立場でありながら限りなくそれとは遠い気がする日頃の日記の内容。本当に“独り言”。「実行委員長は基本的に思いつきで書いているので、残りのスタッフが手分けして“映像祭”に関する話題をローテーションで回し書きしていきましょう」とメンバーの一人が申し出た。これは、名案です!非常に良いことです。とは言ったものの、それを言わせちゃう俺ってどうなの?!これって、完全に分けられたってこと?!窓際じゃないですか!にゃーん。と、心の中で壁にガリガリ、ハンカチ噛み噛み。突如目の前に現れた「責任」の二文字に回し蹴り食らわされてしまった。それならば、ということで書いてやろうじゃないのよ、『映像祭』の話題をよー!(←でも、そもそもそれが正常なんだけどね)

去年開催したときは、右も左も後ろも前も分からない僕らは、暗中模索、五里霧中、天然素材、野苺好物、(最後の二つは違います)で奇跡的に開催できた。それはひとえにスポンサーや、行政関係者、マスコミ、審査員の方々、沖縄フィルムオフィス、個人協賛してくださった方々の後ろ盾があってのことです。(取って付けたようにきこえますが、本当に感謝しております)。主催者側としては、開催に対する確かな手応えと、作家の可能性を信じ本年度の開催に向けて準備を進めている次第なのです。

今年は、作品募集段階で「生きる」をテーマにした作品、「1分間のコメディー」といった、新規に作られた作品を中心に公募をかけました。去年の78 作品という本数に比べて、数としては減るのは予想しておりました。が、締め切り2日前でも5本しか集まっていなかったので正直「にゃーん」でした。(感覚的に意味は感じ取って下さい)このままでは、開催そのものが危ぶまれたのですが締め切り当日、その次の、また次の日・・という具合に次々と作品が届き、遅れて出品した人も合わせるとなんと、50本弱!(正式本数は追ってご連絡)っていうかギリギリ過ぎて昼ごはん喉を通らず、でした。でも、何とか試合は出来る数になった。後は、中身です。

現在、実行委員会による審査真っ最中。長いものでは90分以上の作品もあるので、数日に分けてノミネート作品を選定している。気になる中身の方はというと・・・・

「面白い!」のです。

去年とは違った顔ぶれなので作品の色も異なる。全体をまだ見ていないのですが、パワーのある作品が去年より多い、という印象。素晴らしいことです。
主催者側としては、“温かいホームパーティー”且つ“刺激的”な映像祭を創りますので楽しみにその日をお待ちくだされ。では、今日のところはこの辺で!(達成感!)


P.S レバノン情勢が気になります。あと、最近日本のメディアってかなり危険だと思いませんか?完全に恐怖生産工場化している。  

2006年08月08日

アンジェラアキ

下ジーンは音楽が好き。もっと言うと「音」が好き。子供の頃、野球部が履いているスパイク欲しさに野球部に入った。あれで、アスファルトの上を歩くと“カリッカリッ”と音がして、まるで瑞々しい野菜スティックを食べているような気持ちになる。練習も楽しかったが、夕方の帰り道が待ち遠しかった。で、野菜スティックの道を辿って家に帰ると時々音楽があった。

母親は、サイモン&ガーファンクルやビートルズ、カーペンターズが好きだったので子守唄が「スカボロフェア」という、渋い選曲でウーマクーな下ジーンを寝かしつけた。その影響があるのだろう、基本的にアコースティックギターやピアノとボーカルというシンプルな編成が結構好きなんだ。

音楽から(英語の歌詞だから意味なんて分からず)物語りを想像した。感情を想像の中で爆発させて宇宙と繋がったり、エジプトのピラミッドに登ったり、風吹くアイルランドの黒い土にキスをしたりした。これまで魂を掴むような音楽に何度も助けられたんだ。

最近は、レディオヘッド、ビョーク、ミューズ、COCCO、ジェフバックリイのほか、ジャズも聴くようになった。決して、熱心にレコード屋に通うタイプじゃないので偶然出会ったアーティストを長い間聞き込むのが常。

そして、見つけました。

アンジェラアキ。何て言うんだろう・・・。筋金入り、っていうのかな、嘘が無いのよ音への姿勢に。自分らしくいることがどれほど難しいか彼女は知っているんじゃないかな。だから、“自然体”を装うことなく真っ直ぐ思いを音楽に託している。ずうーっと、一つのことだけをしてきた人って独特のオーラがあって「俺みたいな甘ちゃんは立ち入れませんな」という気持ちにさせる。幾つもの山を越え、幾つもの谷を渡り、ただひたすら黙々と目の前のことをやり続けることで年輪のように刻まれていくものがあるんだろう。

アンジェラアキはそれら全てを経て、そして現在進行形で音楽という世界共通言語で自分と人を繋いでいる。上手く歌う人は沢山いるが、声に想いを乗せることが出来る人は限られている。恐らく、後者の方が音楽に認められた人なんでしょう。

下ジーン  

2006年08月03日

恋愛学概論1時間目

最近耳にした。「男の恋愛観は“名前を付けて保存”。女の恋愛観は“上書き保存”」。
思わず、うまい!と綻んだジーパンの膝を叩いた。
もちろん、この類の話で多々展開される“男って”或いは“女って”っていうのは相対的なものであって、全てにおいて共通しているわけではない。ついでにいうと、この世で全ての生物において共通しているというのは「生と死」以外に思いつかない。

でも、この例えのヤラレタ感は否めない。多くの男は、己のフォルダーに昔の女への思い出を大事に保存している。そして、時々引っ張り出して懐かしむ。一方、これまた多くの女は、“今”にエネルギーを注ぐ。別に昔の男の記憶が無くなる訳ではない。ただ、もう愛していないだけだ。(哀しいかな、男はその事実に打ちひしがれる)
浮気がバレた時の男女のリアクションにも違いがあるようだ。男はビクビク、女は堂々。
確かに、テレビとか観てると浮気がバレた時の男のアタフタ感は女性のそれと比べたら全然違う。友人にアンケートをとったことがある。“女の人が現実的と言われる理由は?”
彼女が言うには、「男の人よりも時間を意識することが多いからかな。結婚とか出産とか社会的な状況とかね」と。
それは一理ある。男のロマンは、それはそれでアリだけど夢じゃお腹は満たされない。
現実は理想を凌駕するのです。しかし恋愛は、人を育てる。皆さんはいい恋してますか?

ここまで書いて映像際の話題に全く触れていないことに気付いた。いつものことですが。
恋愛学概論は不定期に続けていきたい。でも、OMPFがメインですよね・・・。
作品募集が7月31日に締め切られたので、状況を報告しないとな・・と一瞬頭をカスッタのは事実ですが、書きたい話題を優先させちゃいました。
応募総数は今週末にホームページ上にアップさせるので、こちらをご覧下さい。
さて、今夜はジョンレノンの『ラヴ』でも聞こうかな。