2006年03月26日

「骨」

(お断り:即日掲載の予定でしたが、諸事情により遅ればせながらの掲載にて…)

 先週、大学時代からお世話になっているM先生のお父様が御逝去された。下ジーンも一度お会いしたことがあって、たしかM先生の誕生会での席だったと思う。

 「彼は、医者だったのでパーキンソン病を患ってからは誰よりも葛藤していたと思う」とM先生は固く閉じられた瞳のお父様の前で湧き水のような小さな声で話した。とても厳しい人だったという。でも、そのDNAは子供達にちゃんと引き継がれていて大学の先生とチェンバロの奏者という非凡なる成長へと導いた。一度だけの付き合いだが、ずっと前から知っていたような不思議な気持ちで棺桶をのぞき込んでいた。外は、肌寒いが小春日和。

 親戚や旧友、職場仲間が次々に訪れて最後の別れを偲んでいた。下ジーンは、砕いたガラスを散りばめたような美しい陽の中を故人が横たわる棺を担いで霊柩車にのせた。

 その足で、火葬場に向かう。
 
 2時間足らずで肉体が目に見える世界からは消える。

 生と死を分かつものは何だ?

 システマチックに淡々と進むことについていけない女の子が泣き崩れた。遺骨を見せ付けられ、受け入れる以外に選択肢は与えられない残酷さに自己防衛のためか地面のタイルの数を数えてみたりする。

 はい、終わり。
 はい、始まり。

 誰が最初に、始めと終わりの号令をかけたのだろう?誰が、世界で最初に死んだのだろう?
下ジーンも死ぬのだろうか?でも、それでも、死ぬまで生きる。当たり前のことだけど、意味が違う。
毎日毎日、豊な心で全力で生きる。

 それが、生きているものが唯一できる死者への供養なのだから。  

2006年03月13日

「ラジオ出演」

3月最初の月曜日、下ジーンは地元のラジオ番組、RBC iラジオ「月曜フォーラム」に出演した。

出演者は下ジーンの他に沖縄フィルムオフィスの又吉さん、桜坂劇場支配人の真喜屋さん、国際映画祭の調査をした照屋さんの4名。夜7時から8時半までの1時間半の番組では「沖縄における映画祭の展望」をテーマに熱いトークが交わされた。

世界には、いや、日本だけでもかなりの数の映画祭が乱立していて(大小合わせて100近くあるのでは?)みんな、まち興しや新人発掘などなど様々な視点から映画祭を企画している。

有名どころで言えば「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」や「山形国際ドキュメンタリー映画祭」、「東京国際映画祭」が挙げられるがあまりにも沢山あるので枚挙にいとまが無い。

その中でも我らオキナワモーションピクチャーフェスティバルは、まだ生まれたばかりのとてもささやかな映画祭。みんな仕事の合間に集まって自腹を切りながらボランティアで運営している。

ラジオに出演した又吉さんは、沖縄フィルムオフィスの立ち上げから関わっている方で、国内外の映画祭の視察や、県内のロケーションコーディネートなど映画制作現場から映画の祭典まで精通している。(ホント、すごい)一方、桜坂劇場の真喜屋さんは、自身も作家でありながら映画館の支配人として膨大な数の映画を観て、フィルムブッキングをしているこれまた最強の映画マン。

下ジーンは、ほとんど無口でしたよ、そのラジオ番組で。そうじゃなくても話すのが得意ではないのに、彼らを前に圧倒的に力量不足だったのよね・・・。つくづく思うんだけど、やった分しか話せないんだよね、基本的に。

尊敬するジャズ歌手の与世山澄子が言い放った「生き方以上の歌はうたえないわ」という言葉が胸に深く突き刺さっているのです。先述したけど、産まれたばかりの映画祭にとって何より大事なのは「なぜ僕らが沖縄映像祭を開催したいのか」というフィロソフィーを明確に持つこと。


そして、目標を定めること。

経験が浅い僕らは、逆に言えばそのフィロソフィーだけで進んでいる。
だから、何も無いけど自信はあるんだよね不思議と。これって、若さゆえのなんとやら・・ってヤツ?  

2006年03月08日

「ペンネ・アラビアータ」

下ジーンは、地元のテレビ局で働いている。

通りすがりのADだ。

会社のシステムはどうであれ職場の人たちは皆さん最高なんだわさー。
毎日勉強ですよ、ハイ。

でね、通りすがりのAD下ジーンは、会社の近くにあるイタリア料理のお店「アランチア」(http://www.arancia-okinawa.com/)に週に3回は通っている。

理由は、「美味しいから」。

ほんっとに美味しいんだからー!行くたびに、食べるのはペンネアラビアータ。唐辛子とペンネとトマトソースとオリーブオイルとニンニクとバジル。材料は、超シンプルだけどパスタの茹で加減といい、トマトソースとの相性といい最高の一品なんです。金が続く限り食べたいと真剣に考えている。ほら、下ジーンはN.Y出身じゃん?(あ、NAGOとNAHAのことね)家庭の味といえばトマトソースのパスタなんだよね。

だから、毎日でも食べたい。ああ、トレビアーン!!


≪次回は、映像祭の進行状況をお伝えしますので悪しからず。≫  

2006年03月04日

「陰の影、花の華」

いい天気。どこまでも歩いていきたくなる、そんな天気。
風はまだ少し冷たいけど、光が建物と建物の間まで すぅ・・・っと伸びていて柔らかい。

でも、このところ天気が不安定だ。嵐の夜、窓を叩く風に明日の仕事のことを考えて憂鬱になっていたら翌朝は「昨日は悪い夢でもみていたのかしらん?」と疑いたくなるほど見事に晴れ渡っているし。気温も下がったり上がったりするから、何を着ていったらいいのか迷ってしまう。結局、Tシャツの上からたっぷりとしたコートを着る。脱いだり着たり、着たり脱いだり。ふと、一生の間に人はどれだけ着替えをしているのだろう?と考えて、2秒後には挫折。そう、意味が無い。全くね。

意味があることって何?と、意地悪な問いはやめておくれ。
嵐がまた来るかもしれないじゃないか。

—閑話休題—

みんな、ブログにハマッテイル?
ああ、僕はまだ森の中から出てきていないようだ。
1ミリもその魅力が理解でないでいる・・・。