2005年01月29日
映画看板絵師 喜納さん
国際通りスタバ2階で今日から催されている「懐かしの映画文化展」に足を運ぶ。と、いうのも今回当映像祭の横断幕を映画看板絵師の喜名景昭さんに描いてもらうことになったからだ。会場には喜納さんが描いた映画看板とともに往年の映画ポスターやチラシに映画関連書籍が並ぶ。その入り口では喜納さんによる看板を描く実演も不定時にある。
ちょうどメンバーとともに喜納さんら関係者と入り口で話をしていたら、ふと会場を訪れた女性が喜納さんに「すみません、今日しか来れないので描いている所を見せてもらえますか?」と声をかけてきた。喜納さんは喜んでそのお客さんの前で看板の絵を描いてくれた。それを観て集まりだした観客。喜納さんはずっと会場では描いているわけではないが一声かければ、きっとみなさんの要望に応えてくれます。雰囲気は多少こわそうですが、大丈夫です。こんな機会はめったにないのでリクエストしちゃってください。その女性が帰った後に一言。
「いや〜これ明日描く予定だったんだけど、、ま、いいか」。
そしてこちらの写真撮影にも快く引き受けて「やってるフリでいい??(笑」とマスコミなれの一面に一同笑顔。桜坂琉映が閉まると、喜納さんの絵も観れなくなるのかな?、、、この件については話をしていないのですが、関係者の方々と今後の沖縄における映画上映、さらには映画も含むアートについても軽くふれました。このモーションピクチャー映像祭もなにかしら沖縄におけるアートに貢献できたらいいな、と思いつつみんながんばっています。
間もなく「Okinawa Motion Piture Festival2005」プログラムチラシができあがる予定です。もうしばらくお待ち下さい。以下「懐かしの映画文化展」の詳細です。ぜひ足をお運びください。
「懐かしの映画文化展」
日時:平成17年1月29日(土)〜2月4日(金)11:00〜20:00
場所:那覇市 国際通りプランタビル2階(国際通りスターバックス2階)
入場:無料
展示内容:
・沖縄の映画館の歴史写真展
・映画看板絵師(喜名氏)作品展示
・映画ポスターチラシ展
・映画資料展示、映画グッズ販売
主催:沖縄映画資料館を造る会、桜坂地域活性化を考える会
ちょうどメンバーとともに喜納さんら関係者と入り口で話をしていたら、ふと会場を訪れた女性が喜納さんに「すみません、今日しか来れないので描いている所を見せてもらえますか?」と声をかけてきた。喜納さんは喜んでそのお客さんの前で看板の絵を描いてくれた。それを観て集まりだした観客。喜納さんはずっと会場では描いているわけではないが一声かければ、きっとみなさんの要望に応えてくれます。雰囲気は多少こわそうですが、大丈夫です。こんな機会はめったにないのでリクエストしちゃってください。その女性が帰った後に一言。「いや〜これ明日描く予定だったんだけど、、ま、いいか」。
そしてこちらの写真撮影にも快く引き受けて「やってるフリでいい??(笑」とマスコミなれの一面に一同笑顔。桜坂琉映が閉まると、喜納さんの絵も観れなくなるのかな?、、、この件については話をしていないのですが、関係者の方々と今後の沖縄における映画上映、さらには映画も含むアートについても軽くふれました。このモーションピクチャー映像祭もなにかしら沖縄におけるアートに貢献できたらいいな、と思いつつみんながんばっています。間もなく「Okinawa Motion Piture Festival2005」プログラムチラシができあがる予定です。もうしばらくお待ち下さい。以下「懐かしの映画文化展」の詳細です。ぜひ足をお運びください。
「懐かしの映画文化展」
日時:平成17年1月29日(土)〜2月4日(金)11:00〜20:00
場所:那覇市 国際通りプランタビル2階(国際通りスターバックス2階)
入場:無料
展示内容:
・沖縄の映画館の歴史写真展
・映画看板絵師(喜名氏)作品展示
・映画ポスターチラシ展
・映画資料展示、映画グッズ販売
主催:沖縄映画資料館を造る会、桜坂地域活性化を考える会
2005年01月24日
初ボランティアスタッフ打ち合わせ
昨日は「ボランティア募集」の告知を見てメールを送ってもらった方々といっしょに自己紹介も兼ねながら当日までのスタッフの動きを確認しました。これからもまだまだ人手が必要になると思いますので、興味のある方は実行委員会宛にメールを送ってください。何か聞きたいことや問い合わせでも構いませんので、よろしくお願いします! 2005年01月20日
リニューアル
オフィシャルサイトがリニューアルしました!項目も増えて、これからますます充実する本サイトを映像祭同様よろしくお願いいたします。
ただいま応募作品70点以上より上映作品を審査中!間もなく発表です。しばらくお待ちください。
2005年01月15日
「東京日和 酔いどれ」
天気予報によると、土日の関東は「雪」。生まれてこのかた北海から発砲質ロールに入ったカチカチの雪だるましか見たことのない、実行委員のCoさんは「わし、雪見るの初めてじゃ、楽しみだニャー。うほほいほい。」と余裕をかましていたが、寒さで唇が明太子みたいになっている。
さて、今日で3日目、東京日和。
本日のご予定は、見応えある映像作品を動画配信しているWebサイト「openArt」から作品をお借りするということで打ち合わせに向かう。メンバー4人で日本橋にある事務所を訪ねた。霙混じりの雨がアスファルトに撥ね返されて靴の中にしみ込んでいく。手も顔も足先も冷えてボーっとしたまま事務所の扉を叩くと、中からスタッフが出てきて暖房の効いた部屋に案内してくれた。
下ジーンは暖房が苦手で、寒いところから急に暖かいところ(暖房の)に行くと、思考が停止してしまうらしく、考ることは沢山あるのに外にいたときよりもボーっとしてくる。深海魚のように無駄な動きをやめて、必要最小限の労力でホットコーシーを飲んだ。Open Art には、国内外から779本の作品をブロードバンドで無料公開していて優れた作品は国内外問わず、映画祭などに出品している。沖縄映像祭では、ドラマ部門から5作品、Art Picture 部門から5作品お借りする。暖房よりも暖かなスタッフに囲まれながら、フランスのクレルモン映画祭の話で盛り上がった。小さな田舎町で1年に1回開催される映画祭には町中が総出で参加し、さらに自らも映画を制作して出品するから毎年、広辞苑級のパンフレットが出来るというアンビリバボーな話を聞いて、エビアンの麓に無類の映画好き達が折りたたみ椅子や、ベーグルサンドを抱えて集まり、熱いトークをしている情景が目に浮かび、一人微笑んだ。
Open Artスタッフの方々、超多忙なスケジュールの中、時間を割いていただいて本当にありがとう!謝謝。下ジーン達は事務所を後にした。
さて、今日はメンバーのI氏の実家では沖縄からきた僕らにすき焼きをご馳走してくれるそう。ちなみに、I氏は神奈川県川崎市に実家がある。下ジーンとCo氏は沖縄っ子。宿賃を浮かせるために人の家に転がり込もうという目論見だが、すき焼きまでご馳走になるなんて何とラッキーなんでしょう。下ジーンは用事があったので先にCo氏とI氏は家路へと向かった。10時ごろだろうか。下ジーンが家に着いたときにはすでにCo氏は酔っ払っていた。完全に乗り遅れた。おじーみたいに大きな声で同じことを何度も言うし、真夜中だというのに体脂肪率を計るし、「THE 酔っ払い」のお手本でした。下ジーンの不手際に色々不満もあったらしく、さんざんダメだしをしていたので眠る前にCo氏に尋ねた。
「実行委員に入ってよかった?」と。
それに対して、なんて答えたと思う?
「ああー眠い。寝かせてくれー、眠くて死にそうだあー」だとさ。
首絞めようかと思ったが、満足そうな顔していたから「ま、いっか」とそのまま寝かせてあげました。寛大だな、わし。でもね、ダメだしの中には勉強になったことも沢山あったのさ。可能な限り修正しながらより良い形にしていくため、参考にさせていただきます。ありがとよ、Coさん。それにIさんのお父様、お母様。大変お世話になりました。後日飲み干したお父様の晩酌用泡盛を沖縄から送らさせてください。
今回の旅は、とてもいい旅になった。明日、沖縄に帰るけど忘れられない思い出が一つ出来たな。ここまで、運がいいとどうやら下ジーンは強運の持ち主なんだろう。使い果たせないなあ、この運。ふふふふふふ。
さて、今日で3日目、東京日和。
本日のご予定は、見応えある映像作品を動画配信しているWebサイト「openArt」から作品をお借りするということで打ち合わせに向かう。メンバー4人で日本橋にある事務所を訪ねた。霙混じりの雨がアスファルトに撥ね返されて靴の中にしみ込んでいく。手も顔も足先も冷えてボーっとしたまま事務所の扉を叩くと、中からスタッフが出てきて暖房の効いた部屋に案内してくれた。
下ジーンは暖房が苦手で、寒いところから急に暖かいところ(暖房の)に行くと、思考が停止してしまうらしく、考ることは沢山あるのに外にいたときよりもボーっとしてくる。深海魚のように無駄な動きをやめて、必要最小限の労力でホットコーシーを飲んだ。Open Art には、国内外から779本の作品をブロードバンドで無料公開していて優れた作品は国内外問わず、映画祭などに出品している。沖縄映像祭では、ドラマ部門から5作品、Art Picture 部門から5作品お借りする。暖房よりも暖かなスタッフに囲まれながら、フランスのクレルモン映画祭の話で盛り上がった。小さな田舎町で1年に1回開催される映画祭には町中が総出で参加し、さらに自らも映画を制作して出品するから毎年、広辞苑級のパンフレットが出来るというアンビリバボーな話を聞いて、エビアンの麓に無類の映画好き達が折りたたみ椅子や、ベーグルサンドを抱えて集まり、熱いトークをしている情景が目に浮かび、一人微笑んだ。
Open Artスタッフの方々、超多忙なスケジュールの中、時間を割いていただいて本当にありがとう!謝謝。下ジーン達は事務所を後にした。
さて、今日はメンバーのI氏の実家では沖縄からきた僕らにすき焼きをご馳走してくれるそう。ちなみに、I氏は神奈川県川崎市に実家がある。下ジーンとCo氏は沖縄っ子。宿賃を浮かせるために人の家に転がり込もうという目論見だが、すき焼きまでご馳走になるなんて何とラッキーなんでしょう。下ジーンは用事があったので先にCo氏とI氏は家路へと向かった。10時ごろだろうか。下ジーンが家に着いたときにはすでにCo氏は酔っ払っていた。完全に乗り遅れた。おじーみたいに大きな声で同じことを何度も言うし、真夜中だというのに体脂肪率を計るし、「THE 酔っ払い」のお手本でした。下ジーンの不手際に色々不満もあったらしく、さんざんダメだしをしていたので眠る前にCo氏に尋ねた。
「実行委員に入ってよかった?」と。
それに対して、なんて答えたと思う?
「ああー眠い。寝かせてくれー、眠くて死にそうだあー」だとさ。
首絞めようかと思ったが、満足そうな顔していたから「ま、いっか」とそのまま寝かせてあげました。寛大だな、わし。でもね、ダメだしの中には勉強になったことも沢山あったのさ。可能な限り修正しながらより良い形にしていくため、参考にさせていただきます。ありがとよ、Coさん。それにIさんのお父様、お母様。大変お世話になりました。後日飲み干したお父様の晩酌用泡盛を沖縄から送らさせてください。
今回の旅は、とてもいい旅になった。明日、沖縄に帰るけど忘れられない思い出が一つ出来たな。ここまで、運がいいとどうやら下ジーンは強運の持ち主なんだろう。使い果たせないなあ、この運。ふふふふふふ。
2005年01月14日
「東京日和 二日目」
朝11:30に新宿でメンバーのY氏と待ち合わせた。Y氏は旅の間、東京に住んでいる妹の部屋で寝泊りしている。普段はコアラのようにゆっくり動く Y氏は7年間東京に住んでいただけあって、スタスタと歩いて行って切符をゲットしコインロッカーに荷物を預け、ツアーガイドのように僕らを先導した。
「オダキュウセンにのるから。」とY氏。
「オバキューサン?」と下ジーン。
「・・・・・・。」完全に無視するあたりも東京チック。
新宿河田町の山形国際ドキュメンタリー映画祭東京事務局の濱さんを訪ねたのは午後1時。濱さんはお昼ご飯を食べていた。
「こんにちわぁ」
「はい、どうもどうも」
と人懐っこそうな笑顔で僕らを迎えてくれた。山形国際ドキュメンタリー映画祭と言えば国内最大のドキュメンタリー映画祭で、2年に1回国内外から集められた作品を審査し、その選りすぐりを上映している。その映画祭から今回招待作品として3作品を借りることとなった。「若い監督による作品で、時間が 20分以内であること、テーマがはっきりしていて心に残る作品」という勝手な注文をつけてリストを挙げてもらった中から3作品に絞ってお借りする。沖縄出身の映画監督 安里麻里さんも忙しい中駆けつけてくれた。吹き抜けの事務所で、積み上げられた作品や、書類に囲まれた仕事をしている濱さんの顔は本当に生き生きしている。沖縄からのお土産をみんなでつまみながら(おいしかったな、紅芋タルト)映画や沖縄の話に花を咲かせた。1時間くらいの予定が、気がつくと3時間近くも話し込んでいる。次の予定も迫ってきたので、後ろ髪を引かれる思いだったが僕らは事務所を後にした。ありがとう、濱さん。ありがとう安里さん。
<新宿から代々木に移動>。
その日、東京は4℃だった。沖縄じゃ10℃を切ることは殆どない。冷蔵庫に閉じ込められた蝿のように眠気が襲う。手と手をこすり合わせて温めながら代々木の駅で下車し、待ち合わせ場所へと向かう。下ジーン、Co氏、Y氏はドキドキ。と、そこへ「おーい下ジーン」と呼ぶ声が。振り替えると大きな男が立っている。中川監督だ。今回の沖縄映像祭の審査員長を引き受けてくれた方で、『青い魚』で監督デビューして以来殆どの作品を沖縄を舞台に撮影している。これまで電話やメールだけのやりとりだったので、直接会って話がしたかった。カンボジア料理を食べながらあいさつもそこそこに、好きな映画の話や、映画祭の段取りを説明した。
中川さんは、「豪快で熱い男」だった。そして沖縄をとても大事に思っている方だ。
宅地開発や、ビル建設によって急速に変化して行く過程で失いつつある「筋路(スージグワー)」。綺麗に舗装された道路や打ちっぱなしのコンクリートの建物がどんどん建ち並んで行く一方で、「まちの匂い」は薄くなり、立ち話をするには危険な場所になりつつある。子ども達が、ゴム飛びをしたり、おばあ達が野菜を売ったりする風景を大事に、大事に映像の中に取り込んでいる。「いわゆる沖縄」ではない沖縄を。都会では風化しつつある風景を。彼は自らの原風景と重ねていた。東京に来たかいがあった。昨日のスイートルームに引き続き、スイートヒューマンに出会えた。ここで運を使い果たしてなければいいけど・・・・・。
「オダキュウセンにのるから。」とY氏。
「オバキューサン?」と下ジーン。
「・・・・・・。」完全に無視するあたりも東京チック。
新宿河田町の山形国際ドキュメンタリー映画祭東京事務局の濱さんを訪ねたのは午後1時。濱さんはお昼ご飯を食べていた。
「こんにちわぁ」
「はい、どうもどうも」
と人懐っこそうな笑顔で僕らを迎えてくれた。山形国際ドキュメンタリー映画祭と言えば国内最大のドキュメンタリー映画祭で、2年に1回国内外から集められた作品を審査し、その選りすぐりを上映している。その映画祭から今回招待作品として3作品を借りることとなった。「若い監督による作品で、時間が 20分以内であること、テーマがはっきりしていて心に残る作品」という勝手な注文をつけてリストを挙げてもらった中から3作品に絞ってお借りする。沖縄出身の映画監督 安里麻里さんも忙しい中駆けつけてくれた。吹き抜けの事務所で、積み上げられた作品や、書類に囲まれた仕事をしている濱さんの顔は本当に生き生きしている。沖縄からのお土産をみんなでつまみながら(おいしかったな、紅芋タルト)映画や沖縄の話に花を咲かせた。1時間くらいの予定が、気がつくと3時間近くも話し込んでいる。次の予定も迫ってきたので、後ろ髪を引かれる思いだったが僕らは事務所を後にした。ありがとう、濱さん。ありがとう安里さん。
<新宿から代々木に移動>。
その日、東京は4℃だった。沖縄じゃ10℃を切ることは殆どない。冷蔵庫に閉じ込められた蝿のように眠気が襲う。手と手をこすり合わせて温めながら代々木の駅で下車し、待ち合わせ場所へと向かう。下ジーン、Co氏、Y氏はドキドキ。と、そこへ「おーい下ジーン」と呼ぶ声が。振り替えると大きな男が立っている。中川監督だ。今回の沖縄映像祭の審査員長を引き受けてくれた方で、『青い魚』で監督デビューして以来殆どの作品を沖縄を舞台に撮影している。これまで電話やメールだけのやりとりだったので、直接会って話がしたかった。カンボジア料理を食べながらあいさつもそこそこに、好きな映画の話や、映画祭の段取りを説明した。
中川さんは、「豪快で熱い男」だった。そして沖縄をとても大事に思っている方だ。
宅地開発や、ビル建設によって急速に変化して行く過程で失いつつある「筋路(スージグワー)」。綺麗に舗装された道路や打ちっぱなしのコンクリートの建物がどんどん建ち並んで行く一方で、「まちの匂い」は薄くなり、立ち話をするには危険な場所になりつつある。子ども達が、ゴム飛びをしたり、おばあ達が野菜を売ったりする風景を大事に、大事に映像の中に取り込んでいる。「いわゆる沖縄」ではない沖縄を。都会では風化しつつある風景を。彼は自らの原風景と重ねていた。東京に来たかいがあった。昨日のスイートルームに引き続き、スイートヒューマンに出会えた。ここで運を使い果たしてなければいいけど・・・・・。
2005年01月13日
「東京日和 初日編」
那覇空港を飛び立って2時間後には羽田空港にいた。それは丁度、那覇から名護まで高速を利用しないで行った場合とほぼ同じ時間だ。
魚のように改札口を通過して電車に乗り込むと、車掌が「次は品川、品川」と鼻にかかった声でアナウンスをした。コトバがあまり聞き取れないから電光掲示板で駅を確認するしかない。品川で下車して宿泊先の「品川 高輪プリンスホテル」へと向かうのだが、東京というまちは妙な連帯感があるな、とふと思った。「連帯感」というと大袈裟だが「ルール」みたいなものに人々が従っていて、例え酔っ払いが電車の中で吐こうが、モヒカン頭のロッカーが寒そうにハードロックをチャカチャカ聴いていようが、噂話に花を咲かせているおばちゃんがいようが、みんな一様にそのルールに従っている。合理的に進めるにはルールが必要なんだろう。高輪プリンスホテルに到着したのは深夜12時を過ぎていた。最終便で沖縄を発ったのでチェックインの時間が遅くなったのだが受付で思わぬことを言われた。
「お客様、本日は全部屋満室でございますのでスイートの方を案内させていただきます」と。
「はい、わかりました。いいですよ、スイートで。・・・・えええーっつ!スイートおおお?」
アドレナリンが体中を駆け巡り、テンションうなぎ登りのみすぼらしい私達はスイートに通された。
「お部屋の説明をさせていただきます。まず、こちらが寝室でございます。お部屋の温度は一定に保っておりますがもし、寒ければこのダイヤルで調整して下さい。御風呂は、こちらでございます。トイレはこちらと、あちらのお部屋にございます。ルームサービスは24時間対応しております。云々」
「何かご不明な点はありますか」
「特にありません」
「かしこまりました。それではごゆっくりおくつろぎ下さい。」
「なるほど」ボーイが部屋から出て行った瞬間、叫んじゃった。
「ただいまー!」
ちなみに、今回の旅の目的は、沖縄映像祭の審査員長を引き受けて下さった中川陽介監督にあいさつに伺うのと、山形国際ドキュメンタリー映画祭の東京事務局やopenArtを訪問し、僕らの映画祭で招待作品として上映する作品の段取りをするためである。ま、それにしてもいきなりスイートに泊まれるなんて何てラッキーなんだ。ここで運を使い果たしてはいなければいいけれど・・・。
魚のように改札口を通過して電車に乗り込むと、車掌が「次は品川、品川」と鼻にかかった声でアナウンスをした。コトバがあまり聞き取れないから電光掲示板で駅を確認するしかない。品川で下車して宿泊先の「品川 高輪プリンスホテル」へと向かうのだが、東京というまちは妙な連帯感があるな、とふと思った。「連帯感」というと大袈裟だが「ルール」みたいなものに人々が従っていて、例え酔っ払いが電車の中で吐こうが、モヒカン頭のロッカーが寒そうにハードロックをチャカチャカ聴いていようが、噂話に花を咲かせているおばちゃんがいようが、みんな一様にそのルールに従っている。合理的に進めるにはルールが必要なんだろう。高輪プリンスホテルに到着したのは深夜12時を過ぎていた。最終便で沖縄を発ったのでチェックインの時間が遅くなったのだが受付で思わぬことを言われた。
「お客様、本日は全部屋満室でございますのでスイートの方を案内させていただきます」と。
「はい、わかりました。いいですよ、スイートで。・・・・えええーっつ!スイートおおお?」
アドレナリンが体中を駆け巡り、テンションうなぎ登りのみすぼらしい私達はスイートに通された。
「お部屋の説明をさせていただきます。まず、こちらが寝室でございます。お部屋の温度は一定に保っておりますがもし、寒ければこのダイヤルで調整して下さい。御風呂は、こちらでございます。トイレはこちらと、あちらのお部屋にございます。ルームサービスは24時間対応しております。云々」
「何かご不明な点はありますか」
「特にありません」
「かしこまりました。それではごゆっくりおくつろぎ下さい。」
「なるほど」ボーイが部屋から出て行った瞬間、叫んじゃった。
「ただいまー!」
ちなみに、今回の旅の目的は、沖縄映像祭の審査員長を引き受けて下さった中川陽介監督にあいさつに伺うのと、山形国際ドキュメンタリー映画祭の東京事務局やopenArtを訪問し、僕らの映画祭で招待作品として上映する作品の段取りをするためである。ま、それにしてもいきなりスイートに泊まれるなんて何てラッキーなんだ。ここで運を使い果たしてはいなければいいけれど・・・。
2005年01月11日
「作品・作品・作品」
いかにもシモジーン。
1月7日に作品公募が締め切られた。
応募総数70点。10代から40代の方々が出品し、県内はもとより県外、海外からの応募もあった。
作品が集まらなかったどうしよう・・・と不安な時期もあったがとりあえず上映会には漕ぎ着けそうだ。まだ、すべての作品を観たわけじゃないが胸を打つ作品があった。駆け出しの初々しい作品もあった。技術の差は多かれ少なかれあるが、どれも一生懸命作られていて一通一通届く度にスタッフ一堂声を上げて喜んだ。「沖縄の映像制作者をどんどん世に出していきたい」そんな思いで始めた本企画も開催日まであと一月となったわけだが、今は作業に追われるのみ。一つずつマーカーで塗りつぶしながら二進一退を多くの方々の助けを借りながらなんとか前進している。
なんだか、ありがとう!!と、まだ終ってもいないのに叫びたい気分。もちろん世界の中心で。世界の中心はどこ?という野暮な問いは止めておくれべイビー。世界の中心は、わした島うちなーやさ。(沖縄方言で、「私達の島、沖縄だよ」という意味)。アメリカもよかったし、東京も京都も北海道も愛媛も岡山も大阪も奈良・・・・・も素晴らしかった。だけど、やはり我が家が一番!なんだね。ささやかな映画祭だけど、可能な限り色々試してみたいさ。
これをごらんの本土の方々、是非2月18・19・20は沖縄においでやす。あ、ちゃうわ、「めんそーれ」やね。
1月7日に作品公募が締め切られた。
応募総数70点。10代から40代の方々が出品し、県内はもとより県外、海外からの応募もあった。
作品が集まらなかったどうしよう・・・と不安な時期もあったがとりあえず上映会には漕ぎ着けそうだ。まだ、すべての作品を観たわけじゃないが胸を打つ作品があった。駆け出しの初々しい作品もあった。技術の差は多かれ少なかれあるが、どれも一生懸命作られていて一通一通届く度にスタッフ一堂声を上げて喜んだ。「沖縄の映像制作者をどんどん世に出していきたい」そんな思いで始めた本企画も開催日まであと一月となったわけだが、今は作業に追われるのみ。一つずつマーカーで塗りつぶしながら二進一退を多くの方々の助けを借りながらなんとか前進している。
なんだか、ありがとう!!と、まだ終ってもいないのに叫びたい気分。もちろん世界の中心で。世界の中心はどこ?という野暮な問いは止めておくれべイビー。世界の中心は、わした島うちなーやさ。(沖縄方言で、「私達の島、沖縄だよ」という意味)。アメリカもよかったし、東京も京都も北海道も愛媛も岡山も大阪も奈良・・・・・も素晴らしかった。だけど、やはり我が家が一番!なんだね。ささやかな映画祭だけど、可能な限り色々試してみたいさ。
これをごらんの本土の方々、是非2月18・19・20は沖縄においでやす。あ、ちゃうわ、「めんそーれ」やね。
2005年01月06日
映像祭スタッフ募集
ただいま当映像祭では いっしょにイベントを盛り上げてくれるスタッフを募集しています。当日の仕事やその準備段階からでもお手伝いできるという方、下記メールアドレスまでご連絡ください。また詳しい事が知りたいという問い合わせでも構いません。イベント運営に興味のある方、映像の好きな方、ネットワークをつくりたい方などなど、みなさまの参加おまちしております。
okinawampf@hotmail.com
okinawampf@hotmail.com
2005年01月05日
「作品募集〆切り」
OMPF2005の作品募集締め切りまであと2日となった。
最初から予想していたんだが、ギリギリに出す方が多そうだ。今日も、一人直接届けに来たけれど現在12本程度。どんな作品が集まるのか楽しみだが不安もある。
告知もできる限りのことはしよう。少しずつ輪を広げていきたい、と思うシモジーンだが実は、ここ数日風邪をこじらせてしまって頭の回転が鈍くなった。咳が止まらない、くしゃみが止まらない、ロマンティックが止まらない(これは風邪のせいではない。親父ギャグ型ウイルスのせいです)。新年早々病院にお世話になるなんて先が思いやられるよ。気合が足りないのさ。
気合だあー!気合だあー!気合だあー!ゴホッゴホッ・・・・。
いや、みなさん今年の風邪はなんだか変だよ。いつも以上に気をつけたほうがよさそうだ。
最初から予想していたんだが、ギリギリに出す方が多そうだ。今日も、一人直接届けに来たけれど現在12本程度。どんな作品が集まるのか楽しみだが不安もある。告知もできる限りのことはしよう。少しずつ輪を広げていきたい、と思うシモジーンだが実は、ここ数日風邪をこじらせてしまって頭の回転が鈍くなった。咳が止まらない、くしゃみが止まらない、ロマンティックが止まらない(これは風邪のせいではない。親父ギャグ型ウイルスのせいです)。新年早々病院にお世話になるなんて先が思いやられるよ。気合が足りないのさ。
気合だあー!気合だあー!気合だあー!ゴホッゴホッ・・・・。
いや、みなさん今年の風邪はなんだか変だよ。いつも以上に気をつけたほうがよさそうだ。
2005年01月01日
元旦
新年明けましておめでとうございます。
大晦日から元日にかけて、シモジーンは名護(本島北部)で過ごした。人ごみが嫌いだから静かに年を越したいと思い、学生時代から借りているアパートへ冷たい雨降る中、車を走らせた。千葉、鳥取、北海道、富山、大阪。学生時代に出会ったかけがえのない友人達も、沖縄に来て一年目の冬は「沖縄は冬でも暖かくていいじゃん」と言っていたが、二年目には実家からコートや、マフラー、セーター等を送ってもらい「寒いさあー」と立派な沖縄人になっている。
無事部屋に着くと電気カーペットをつけて、Teaちっくな温かい飲み物を入れた。寒いときに飲む温かな飲み物は、何だか優しい気持ちにさせる。体が徐々に温まってくると、「ふうー・・・」と長いため息をついた。去年は新年を迎えた瞬間、なぜか「哀しい」気持ちになったけど今年は「喜び」を感じた。シンプルな年になるだろう。そんな予感を胸に新たな年を迎えた。
いい年にしよう!
大晦日から元日にかけて、シモジーンは名護(本島北部)で過ごした。人ごみが嫌いだから静かに年を越したいと思い、学生時代から借りているアパートへ冷たい雨降る中、車を走らせた。千葉、鳥取、北海道、富山、大阪。学生時代に出会ったかけがえのない友人達も、沖縄に来て一年目の冬は「沖縄は冬でも暖かくていいじゃん」と言っていたが、二年目には実家からコートや、マフラー、セーター等を送ってもらい「寒いさあー」と立派な沖縄人になっている。
無事部屋に着くと電気カーペットをつけて、Teaちっくな温かい飲み物を入れた。寒いときに飲む温かな飲み物は、何だか優しい気持ちにさせる。体が徐々に温まってくると、「ふうー・・・」と長いため息をついた。去年は新年を迎えた瞬間、なぜか「哀しい」気持ちになったけど今年は「喜び」を感じた。シンプルな年になるだろう。そんな予感を胸に新たな年を迎えた。
いい年にしよう!



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