2004年12月27日

「WAR IS OVER」

So this is X'mas !
外は恋人たちで溢れ返っている。

高速道路は渋滞し、レストラン・ホテル・イルミネーションキラキラスポットにはカップル、カップル
カップル・・・・カップルだらけ。来年は少子高齢化に歯止めが掛かりそうだ。シモジ—ンはオス3匹で鳥鍋をつつきながらテレビを観ている。カップルはもちろんワインで乾杯し、オス達はもちろん日本酒で乾杯。

日常と、非日常の交差点でテレビがくたびれた番犬のようにうなり声をあげている。

チャンネルを変えると、イラクの様子が映されていて「ラムズフェルド国防長官がイラク現地を訪れ、兵士達を勇気付けました。」と、うやうやしく握手を交わしていた。(兵士たちの目が曇っているように見えたのはシモジーンだけかしらん?)一方で、怪我をしても病院にすら行けないイラク人はどんな思いでクリスマスを迎えているのだろう。わしは、幼い頃サンタクロースに「野球のグローブが欲しい」とお願いして一晩中ドキドキしながらサンタさんが来るのを待っていた。待ちくたびれていつのまにか眠ってしまい気がつくと外は明るくなっている。飛び起きて一目散に大きな靴下の元に駆け寄ると、膨らんだ靴下の中にダークグリーンのグローブが入っていて「わあー」と歓声をあげて皆に見せて回った。小さな胸にピカピカのグローブを抱きしめて夢の中まで持ち込んだ。

今、イラクの人々、或いは内戦、宗教戦争、天災で家や家族、恋人を失った人々はサンタに何を祈るのだろう?きっと靴下に入れることのできない「安らぎ」を必要としているんだ。富が片方に集中して耳を塞いでいる間に、悲しみは蓄積されていく。人間の叫びと地球の叫びが頂点に達したとき、万物が流転する。

シモジーンはこう思う。

「特別なことしなくてもいいから、耳を少し貸してよ」と。文明の発展のためには戦争は必要という考え方があるけど、それは本当に愚かな発想だ。クリスマスの日にオス3匹で日本酒を傾けながら、テレビにぶつぶつ言っているわし。最後の鶏肉に箸が伸びる。残り二人も我先にと箸を出す。

シモジーンゲット!

ふふふふふふ。メリークリスマス、ありがとうサンタさん、いや鶏肉ちゃん。  

2004年12月27日

「津波」

マグニチュード9.0、なんじゃそりゃ!テレビにかじりついた。
インドネシア・スマトラ島沖地震が26日早朝発生。

10メートル〜20メートルの津波が島に押し寄せ、建物や人間を瞬く間に飲み込み、震源に近いインドネシア・スマトラ島を中心にタイ、モルディブ、アフリカ東海岸まで波は押し寄せ死者は1万人超と報じられた。・・・・なんてことだ。エネルギーの大きさは阪神・淡路大震災の300倍に相当するという。時速800キロで押し寄せる巨大津波。本当に恐怖だったろう・・・。

2005年は天災の年になるかもしれない。思わず目を覆いたくなるニュースが年々増加してきて戦争や地震、ハリケーン、熱波、寒波、水害などなど、天災と人災の境界が薄れた状況下で増えるかもしれない。数日前、沖縄の与那国島海底に沈んだ超古代文明?の番組をみた。自然物か人工物かまだまだ論議は続いているが、昨日起こった巨大津波は海に沈んだ文明を示唆しているようだ。

さて、ここで問題。「芸術は何のためにあるのか」です。

我等Okinawa Motion Picture Festival実行委員会はそれぞれ違う価値観でそれぞれの人生を歩んできた。しかしこの映像祭には共通したヴィジョンを持っている。「人材を作り、ネットワークで繋げる」こと。吹いたら壊れそうな商業ベースに乗せるのではなく、「本物」をつくるアーテイストを沖縄から生み出す。世界は、これからどこへすすむのかまだ僕にはわからないが「芸術」はどんな荒地にも存在するから、美しいと思える心を失わないように現実と向き合いたい。最後に、今回の津波で亡くなった尊い命への弔いに、名前も顔も分からない彼らへ心からご冥福をお祈り致します。

どうか、清き心のまま安らかに。

シモジーン  

2004年12月20日

「意識と脳」

月曜の雨降りは会社で仕事なんかしていられましぇん。そう考えた下ジーンは朝目が覚めると同僚に電話。

下ジーン「わしじゃ。わしは、熱がある。故に出勤は午後からじゃ」
同  僚「ラジャー。」

ウソではない。ホントに熱があるもんね。36.5度だけど。ほとんど休みを取ってなかったので年休が使える、そういう計算は早いアホな下ジーンは机に向かって考え出した。

「さてと、どこに行こうかしら・・・・」

雨の日は、道が混んでいるので時間をずらしてカフェに行くことにした。那覇の古波蔵(こはぐら)というところにひっそりと建つ「にーちぇ」。オーナーがコーヒー好きで、こだわりにこだわりぬいたインテリア・エクステリアそしてコーシー・・・・。そこにいくと、何故か色々考えてしまう。きっと巨人「ニーチェ」の魂が宿っているのだろう。シトシトと降り続く雨をみながら脳を開放させてあげる。

「意識とは」

ふむ、意識とは何だろう?「心」とは?脳がすべてをコントロールしているだろうけれど、どうも脳の活動の範疇を「意識」や「心」は超えている気がする。もし、どこかに完璧な「無」が存在するならその「無」からは絶対、ぜえーったい、「有」は生まれないのか。

答えはおそらくノー。

無から有は生み出される。そのパイプ役に「意識」は関係しているのかも。で、その意識は「するもの」ではなく「させられる」ものだろう。「拒否」は意識を限定チョイスしているから、いかに受け入れるかで沢山の意識が目覚める。(おおっと、なんだか危ないぞぉ下ジーン。)総合すると、意識(心?)→有機→呼吸→連繁→運動→転換→収縮→無機→意識(心?)のサイクルで宇宙は生成されているんじゃあないかしらん。ああ、恐るべしにーちぇ。下ジーンを何処へ導きたもう。されば、今度は無意識の世界へ飛び込んでみようじゃないか。

「無意識とは」

無意識とは、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うーん・・・・・・・・・無意識とは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う・・・ん・・・・・・・・・・・・・ zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ・・・・・・・・・


意識不明。  

2004年12月16日

「Breath+Colours」

Breath+Colours(ブレスカラーズ:略してB+C)これは、下ジーンが今進めているドキュメンタリー映画制作のチーム名である。ブレス(呼吸)は「生命の証」であり、カラーズ(色)は「多様性」を意味している。ささやかな組織だけれど一年以上、一緒に制作してきた。

普段意識していない「呼吸」。当たり前のように吸ってぇー、吐いてぇーを繰り返しているわけだけど地球上に生命が誕生してからずっと生物は吸って、吐いてきた。まるで地球そのものが膨張と収縮をしているようだな。誰かが言っていたけど「人間は死ぬ瞬間には息を“吸う”」らしい。は〜・・・、とすべて出し切ってぽっくり行くんじゃなくて、すっ・・・と酸素を取り込んであの世へ旅立つ。呼吸が生死を繋いでいるんだ。

その、普段は当たり前すぎて意識していないことに僕はできるだけ意識をしてみようと思った。映画のテーマはズバリ「基地と沖縄」だ。このコトバがもつイメージはもはや固定化され「あー、またそのことね、知ってる。オキナワには基地があって大変なんでしょ。でも、基地がなくなったら困るんじゃない?」という返しがかなり多い。学生運動していた大人の中には過激派がいて事件や事故があるたびに水を得た魚のように罵声を浴びせたりする。いくつかの渦が衝突して出口を見失っている今の沖縄を僕は撮り始めた。基地を通して見えてきた人々の心は僕の内部に乱反射する。素人集団だから時間はかかるだろうけど、納得行くものをつくりたい。そしてこの映画は次の言葉で閉じられる。

「真実は小さな声で語られる。それに耳を傾ければ次の扉は開く。僕は世界のささやきに耳をすませよう。」  

2004年12月15日

ついに年末!

苺大好き下ジーン。
世界で一番好きな食べ物はイチゴ。

いつか、イチゴ畑を作って来る日も来る日もイチゴを食べるのが夢。
旬は「春」なので夏の終わり位から畑を耕して、初秋には種を植えて春には真っ赤なあいつを
ぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱくと農園で食べる。

天寿を真っ当したのちイチゴの精霊にでもなって農園に住みつこうと思う。
ってオイオイ!そんなキャラじゃないだろ!という声が聞こえてくるヨーダ。
でも、好きなものはしょうがない。簡単には嫌いにはなれませぬ。

さて、今日は12月の15日。あと半月で平成16年よ、さようなら、だ。
今の心境を一言でいうと「まさかやーっ!(日本語訳:ウソでしょう?)」

映像祭の足音が聞こえてくる・・・・。
CoさんYさんIさん大丈夫ですか?耳栓しないでちゃんと足音きいておかないと
「えー!もう来たの?来る前にはちゃんと電話しなさいよー」っていうことになるので
ペースを上げていきましょう。
君たちとなら、できる!  

2004年12月13日

世の中ゼリー

「世の中はゼリーみたいなものだよ」と、友人が言った。
「ゼリー?」
「そう。ゼリー」

「下ジーンが、何かを思いついて行動するとその動きにつられて他の人も動く。
ゼリーみたいだろ?」
僕は、メロン味のゼリーがぷるぷる震えているさまを想像した。

「ゼリーね・・・・。お腹すいてきたな」
「だから考えることは大事だけど、動くことも同じぐらい大事。繋がっているんだよみんな。わかる?」

この世の中には、確かに目では見えない糸が存在する。ある種の「電波」みたいなものが行き交っていて「発信」と「受信」を繰り返している。物事がうまく進まないときは「頭(考え)」と「心」と「肉体」のバランスが崩れているときで、バラバラになっていると空回りをしたり、良い電波(?)をだせなかったりする。そのまま、気付かずに行動すると繋がっている人にも伝染する。
映像も電波にのって人に影響を与える。僕は生涯「表現者」でありたいと思うのは目に見えない思いや考えを形にしていくすべての経過を通して、世界を肯定したいからだ。
「色々あるけど相変わらずオッケーだ」と言って死にたい。
ただ、その前に自分の中の悪魔性も肯定しようと思う。戦ってどうにかなる相手じゃないから。

今日はあいにく月曜日。週の始めで、朝デスクに就くと書類が積み上げられていた。
「うーん、僕この書類見なかったことにしよー」と目の前の現実を軽く否定しつつコーシーを飲んだ。

「世の中ゼリーみたいなものだよ」

いい表現じゃねえか。  

2004年12月11日

『自由線』

雫を指先に乗せ
顔を真っ直ぐ向けて 背筋をしゃんと伸ばし
あのスクランブル交差点を渡る
早くもなく遅くもなくきっかり20秒
真ん中あたりで一度振り返るけれど
そこに君はもういない
君は空高く吹き飛ばされていて
見上げても目がチクチクするだけ

きっと僕は開いた空に向かって誓いをたてるんだ
「明日からは世界の囁きに耳をすまそう」と。
でも、快楽と孤独の岬で風を受けて立つ精神は
その誓いを蹴り上げる
だから相変わらず 君が育てたコンシンヤに水をやることしか僕はできないんだ

下ジーン  

2004年12月06日

祝♪

はい、下ジーン。「祝!」パチパチパチパチと。皆さん!ついに決定しました。よかっよ、長かったよ、肩の荷が一つ下りたよ!先週末、記念すべき第一回映像祭の審査委員長に「中川陽介」監督が決まりました。ドンドンドンドン。

中川監督といえば、『青い魚』『Departure』等を撮った方で、沖縄でほとんどの作品を撮影している。『青い魚』を僕は以前観た事があって、映像の美しさと沖縄に対する着眼点が面白くてかなり記憶に残っていたんだ。浮島通りが舞台になっているんだけれど普段通っている道が「カメラアイを通すと、こうもエキゾチックになるのかあー!」と随分感心して、一眼レフで友人らと撮影された場所に行って、同じアングルで写真撮ったりしたのさ。

その中川監督が審査委員長という大任を引き受けて下さったのでその日は、実行委員のメンバーと祝杯をあげたよ。しかも、4ヶ月ともに動いている実行委員会にとって初めての飲み会。ずっと、打ち合わせはスターバックスか、新都心のカフェだったので「ねー、いつも固いお話ばかりじゃなくてたまには飲もうよ」と、メンバーの一人であるCoさんが言うもんだから「その案採用!」と一同了承し、軽く飲みに行ったというわけ。ただCoさんは、「200円しかないよ、わし」と強気の発言。もう一人のYさんも「ねえ、下ジーン。金かして」というもんだから結局、下ジーン奮発。おもむろに携帯を取り出し「母ちゃん、金かして」と。(それはウソ)

でも、ボランティアで働かせている彼らにせめてもの恩返しをしないとバチあたるしな。ありがとうね皆。後ろから刺すのだけはやめてチョ。たまには、私張り切ってマクドナルド以上、吉野家以下ならいくらでもご馳走するので遠慮なく言ってね。むふふのふ。さて、少し前に進んできたよー。  

2004年12月05日

審査委員長 決定!

【中川 陽介監督プロフィール 】
 「青い魚」で監督デビュー。これまでの4本の映画はすべて沖縄で撮影されており、さらに現在は沖縄の離島を舞台にした映画「群青」の脚本執筆、および撮影の準備中。中川陽介監督が本映像祭 審査委員長として参加します。

■1961年東京生まれ。武蔵大学経済学部卒業後。大手出版社に入社。雑誌編集者としてのキャリアを皮切りに同社が制作するVP,映画等の映像プロジェクトに従事。

■1997年には自らのシナリオを映像化した「青い魚」で監督デビュー(脚本も)。この作品がベルリン映画祭に正式招待されることになる。ゆったりとした カメラワーク、沖縄の強烈な光と影を意識した照明などが、海外で大きな評価を得る。

■2000年には2作目「Departure」を監督(脚本も)。前作同様ベルリン映画祭で高い評価を得た本作品は、日本に先駆けドイツ、スイス、オーストリア、フランス、イタリアなど欧州各国で劇場一般公開される。なお、この作品の脚本は、NHKサンダンス映像作家賞で優秀賞を受賞。さらに上映された秋田十文字映画祭では、金賞、観客賞をダブル受賞した。

■2001年には24Pデジタルビデオカメラ撮影とアップル社のファイナルカットプロによる編集を前提とした音楽映画「FIRE!」を監督(脚本も)。そ れまでのゆったりとしたカメラワークから一転、テンポの速い編集で、勢いのいいドラマを作り上げた。

■2003年、ホリプロ製作作品、「真昼ノ星空」を監督(脚本も)。主役に中華圏で今絶大な人気を誇る王力宏(ワン・リーホン)と日本のトップ女優鈴木京 香、そしてホリプロの新人、香椎由宇を迎えたこの作品は、日本、欧州のみならず、広くアジア圏を狙った作品となっている。

■他にメダロット魂(テレビ東京/脚本)、みんなのうた(NHK/監督) 、コクーンCF(SONY/監督)、Yae「名も無き君へ」(PV/監督)など 。  

Posted by OMPF at 10:47TrackBack(0)事務局の動き

2004年12月02日

気がつけば、もう12月。

師走ですよ、みなさん!一年早すぎやしませんか?最近まで爆笑問題がテレビで「明けましておめでとうございます」とか言ってたさ。ほんとに、一年は 365日かい?翻って、一日は24時間かい?そもそも「時間」そのものが変化しているんじゃなか?と、ついつい疑っちゃうほど急流な昨今。

申し遅れました、いかにも私は下ジーン。沖縄は時間の流れがゆっくりしている、とよく言われるが私は先述したようにあっという間に過ぎていくように思える。あれやこれやとしているもんだからそう感じるのかもしれないが、絶対地球は早く回転しているよ。

映像祭の話もたまにはしないといけない、ということで今日は一つご報告を。Yahooで「映像祭」と打ち込むとトップから3番目くらいに「Okinawa Motion Picture festival 2005」とでてくるよ。今回、お世話になっている「Team 和」というweb制作会社の富田君のおかげだ。ありがとう、富田君!みんなでこの映像祭を盛り上げていきたいさ。

応援よろしく、手伝いもよろしく。ボランティア大大募集中!