2004年11月30日

日本はれ

いかにも私は下ジーン。何だろう、この気持ち。箸がころげても笑っちゃう。
まるで、青春真っ只中。恋に恋する錦鯉、じゃなくて恋に恋する乙女のよう。

いや、この陽気のせいだ。好きなんだ、今日みたいな天気。「はれ」と一言で言ってもその種類は結構あって、「肌寒くて雲一つない澄んだ朝の陽気」はたまらない。「寒い」っていうのがポイントで気温が落ちると空気が安定するせいか、朝の匂いが際立つ。「いいことありそう」って思わず言っちゃった。(『耳をすませば』の月島雫みたいに)

でも犬のうんこ踏んだけどねー。

沖縄は海に囲まれているから潮風の匂いがする。この間大阪に行ったんだけど、本土の朝はとても良いもんだったな。酒屋さん、お蕎麦屋さん、会社員、学生、みんな笑顔で朝に溶け込んでいた。「おはようさん」「おおきに」と、あいさつを交わしながら。沖縄も好きだけどJAPANもいいよね、いい文化だなあって改めて思った。

その、いい気分のまま詩を一つ紹介します。

谷川俊太郎の『朝のリレー』だ。これは、最近CMでも流れていたから記憶に新しいのではないだろうか。この詩から異国のをつなぐ朝の景色を描いてください。「心象映像祭vol.1」と題しましょうか。  

2004年11月29日

スローライフ☆ブギ

下ジーンだ。土日は普段忙しくて手の届かないところをゆっくり片付けていきたい。例えば、観葉植物に水をやり、部屋を掃除する。そして、洗濯機をゴロゴロ回したり制作中のドキュメンタリーのVチェックをしたり、とスローなタイムを送りたい。いやマジで。

が、しかーし!なかなかそうは問屋が卸さない。土曜日は比較的のんびりだったものの、日曜日はバンドの予選と、那覇での仕事、映像祭打ち合わせとこれ分刻みのスケジュール。ノラジョーンズを聴くつもりが、マリリンマンソンかけちゃった的な差があるのです。しかも、今朝悲しいお知らせが・・・

・・・バンドの予選落ちちゃったんです。

何がいけなかったのだろう・・・思い当たる節はたくさんある。ありすぎてわからない。母校の学園祭メインステージ出場をかけてのガチン子バトル。レディオヘッドの「Fake Plastic trees」「street sprit」をアコースティックで演奏した。私は歌。友達がギター。ちなみにバンド名は「バンドーage」。これが、一番まずかった・・・チキショー!!ふう・・・でも一週間が始まったばかり。こんな気分でスタートしたくないよ。

朝、RBCの「iラジオ」に出演してきたけどレポーターの石垣さんありがとう。

綺麗なお姉さんでした。おかげで、コーヒーでも飲もうか、という気になったよ。みんなも色々大変でしょ?一緒に頑張ろうなー!ちゃお。  

2004年11月25日

ご無沙汰です…

こちら下ジーン。最近日記を書いてなかった。なぜなら香港に行っていたからだ。
もちろん仕事である。

「プロジェクト未来なは(以下プロジェクト)」という組織の企画で、香港の文化や県人会との交流を目的としたお仕事の一環で3泊4日の旅を終えてきた。香港は、沖縄より少し小さい島だが人口は沖縄の5倍。1997年にイギリスの植民地から脱却し、中国の特別行政区として世界中から人が集まる大都市である。その昔、漢の時代に香港南部にあるアバディーンの港が香木の積み出し港だったことから「香る港(ヒョンゴン)」と呼ばれ、それが香港全体の呼び名になったものだといわれているそうな。しかしまあ、なんとシタタカな現地ガイドだったろう。日本なら詐欺罪で立件されかねない商業を怪しい顔の人が怪しい日本語で、本当に怪しいことするもんだから「そのまんまかよ!」と皆、つっこんでいた。でもいい勉強にはなった。映像祭も刻一刻と近づいているわけだし、膨大な作業が私を待っているので気合を入れなおして取り掛かりたいと思う。

最後に、この場を借りて一つお礼を言いたい人がいる。
 
沖縄バヤリースの我那覇 明さんだ。昨夜、那覇の居酒屋でお会いして映像祭の主旨を話したら、素晴らしいアドバイスを頂いた。さらに、「協賛広告」としても協力する、といってくれた。彼の夢が「教育のバヤリースと呼ばれたい」といったときには、鳥肌が立った。財政難の今、どの企業も経費削減に取組んでいる中で、バヤリースの対応は別格だった。文化事業に力を入れている。私は、感動した。と同時に、なんとしてもこの映像祭を成功させねばと改めて心に誓ったのである。さて、ご飯たべてこよっと。  

2004年11月15日

作品募集チラシただいま配布中!

下ジーンです。月曜日は憂鬱・・・などと言ってられない。憂鬱になる暇がないのよね。

今月頭に作品募集をかけ、書店、Cafe、学校などに募集用紙を配布してきたのですが作品がどれくらい集まるのか皆目見当がつかないのよね。2日に一度は TSUTAYAに行って、人目に触れやすいところにチラシをポロっと置き忘れてきたり、「へーこんな映像祭があって、作品募集しているのかあ・・・」って不自然な呟きをしたりと結構忙しいの。あ、私オカマじゃないわよ。

審査委員長もまだ決定してないのも悩みの種。協賛金もまだまだ集まってないし、ないない尽くしのこの現状。犬なら尻尾丸めてキャィ〜ンって鳴いているわよ。でも、一つだけ変わらずにあるものは「情熱」。今の時代、少々ダサいジャンルに入っちゃったけど情熱だけは130℃位で燃えている。周りを焦がさないように適度な距離感で燃焼するわ。

さあ、今日も昨日とは違う朝を迎えたからには走り出すよ。行くわよ、よーいどん!あ、2回目はだめ?  

2004年11月10日

OMPF-2005-サイトオープン!

これをごらんの皆さま、こんにちは。私が実行委員長の下ジーンです。昨日から開設した本映像祭のサイトの解説。

Okinawa Motion Picture Festival 2005 —沖縄映像祭— (略称OMPF)は、県内の映像作家が生み出した作品を一堂に会し、コンパ(失礼)コンペをして賞を与えるというシンプルな企画である。「しかーし!」と私は思うのであります。沖縄県内で、映像を作っているものはそんなにはいない。いるにはいるけどそんなにいない。沖縄は撮られる側だったのさ。

「目を覚ませ!芸術家たち!」と私はいいたい。

この映像祭をきっかけに、どんどん映画監督が世界に羽ばたいて行って欲しい。私も作り手の一人として世界に羽ばたきたい。勝負だ。よーいどん!