2006年11月24日

いよいよ今晩!

始まるよ〜!OKINAWA MOTION PICTURE FESTIVAL 2006−沖縄映像祭ー!スタッフにとっては、思い入れがあるからひいき目に見ているかもしれないけど、でも!ホント素敵なフェスティバルになっております。愛情一杯注いできたからね。因みに、午後7時から始まるのは、即興音楽と映像のコラボレーション

第二部では、「沖縄」をテーマにした実行委員会セレクトの作品を上映します。ワクワクドキドキの3日間を是非、桜坂劇場で!  

2006年11月17日

89? 99?

気が付けば、映像祭開催まで1週間となった。
矢のように過ぎていく、時間。

矢のように走り去るバス。
バス?

えーっと・・・。
アットホームだね。
手書きの路線番号が、風でめくれる度、「89」「99」がチラチラ変わる。

「行き先なんて、どこでもいいのさ」と、アウトローな男が運転しているに違いない。
客が、ピンポーン鳴らしても走り続ける。
ブーーーーーーーン・・・車
  

2006年11月06日

天使の輪

間もなく開催される沖縄映像祭の会場の桜坂劇場は、映画に関する書物は勿論、様々なアート書を取り扱っているので上映まで時間があるときにはかなり手頃な時間潰しになる。僕は、時々そこで気に入った本を買って隣のカフェでのんびり過ごすのが結構好き。先日は『インタビュー』(青幻舎 安東孝一 著)をジャケ買いした。

日曜日の天気がいい朝は、ただそれだけで幸せな気持ちになる。劇場前を通り過ぎる人たちもなんだか幸せそう。天使のようだ。

あ、どうりで!劇場裏の駐車場に天使の輪が落ちていた。
あらあら、そんな大事なもの。  

2006年11月02日

人生捨てたもんじゃない

実行委員長の僕は毎朝、8時に起きるとけい(3時)

カーテンを開けて顔を洗ってゴクゴク水を飲む。
テレビのスイッチを入れてテレビパンにチーズとハムを乗せてオーブンで焼く食事
ニュースに耳を傾けながら、コーヒーを飲むためのお湯を沸かし、その反対側で卵を焼く。

ニュースは、今日も恐怖生産工場。

やかんから湯気が立ち上る。
褐色のコーヒー豆にとぽとぽ注ぐ。ダサいカップに移してまずは一口。
ようやく、おはよう、だカフェ

ニュースは、不幸の連鎖を煽る。
テレビの中ではみんな辛い。
そして誰も、悪くないんだ。加害者も被害者。被害者も加害者。少しずつ、少しずつ、本質を無視してきただけなんだ。


そのようにして、実行委員長は朝を迎える。

でも、そんなことすっかり忘れて家を出てお仕事をする。
ときどき、前の車がノロノロ走っているのに腹がたって怒りクラクションを鳴らすぶーん
そして、それがお年寄りだったりすると、ハッとするびっくり!
ああ、あ。
思いやり足りませんでしたガ-ン

すっかり日も暮れて、家に帰る時計
ご飯を食べてごはんゴクゴク水を飲む。

映画を観たりもする
昨日とは違うけど、今日も特に大事件はなし。

そんな毎日。
そう、そんな毎日。
明日は、今日よりほんの少しよくなるように、人に優しくしよう。
でも、家を出る頃には忘れているんだろうな。

実行委員長、お前は幸せだよつば  

2006年10月27日

ああそうさ。オヤジと呼んでくれ

映像祭ミーティング後に実行委員のハナ・マガリンさんと近くのラーメン屋へ行った沖縄そば(箸)

12時を過ぎていたから軽く済ませようと思い、僕は餃子とビール。ハナさんはラーメンとビール。冷たいグラスに注がれたビールの旨いことこの上なし!キラキラ 泡が、南海に浮かぶ雲のようにフワフワと柔らかい見事なオープニングで迎えていただいて、さらに喉を流れる麦のパレード。もう、例えもわけわからん。キリッとムカッショワッとびっくり!ジーンとうわーんいやあ、たまらんね、と言いながらパリパリの餃子をつまみに舌鼓を打ちましたGOOD

あ、ポンポン電球どこかにおでん屋台出てないかなあ。おフランス料理よりこっちの方が性に合うんだよねえ。  

2006年10月20日

分からなくなったら地球に聞け

少し前に、体調を崩した。

いやなに、よくある現代病とやらさ。そのとき、どこまで逃げても自分から逃げることが出来ないことに絶望した。でも、幸運なことに自然が薬になることを知っていたし、“思い”が現実を生み出すことに気付くこともできた。

朝、起きて水を飲んで、太陽を見上げて呼吸をして、一度根を生やしたらそこから逃げ出すことが出来ない植物の逞しさに敬服して、ご飯を食べて、仕事をして。そんな日々を僕はありがたく思う。

僕の叔父さんは、「地球に生えた根」みたいな愛の結晶を抱いている。

彼に聞いたことがある「僕らは、何のために生きるんだろう?」彼は、グローブみたいな手であごを支えながら、「地球を守りながら楽しく過ごしなさい、という意味」といった。

海は世界を包んでいる。恐ろしくもあり、優しくもある。
声無き声に真実は見え隠れするんだ。  

2006年10月14日

白か黒か

にゃんだよ。
僕達、毛の色が違うけど仲良しだよ。
同じ日に生まれて、一緒におっぱい飲んで、同じ夢見たから?
違うよ、違う!そうじゃない。
いずれ、別々の道を進むことを知っているからさ。
それまでは、こうして一緒に過ごすのが僕らのルールなんだ。
大人になるのは、不安だけど、もし何かあっても心の中で、ちゃんと帰ってくる場所があるようにって、母ちゃんが教えてくれたんだ。
母ちゃんは、母ちゃんの母ちゃんから聞いたんだって。
ふーん、そんなもんなのかな。
まあ、いいや。とりあえず僕は眠いんだ。
見た目は黒でも、白黒つけられないことばかりでね。考え出すとキリがないし、それに今夜の兄弟合唱コンクールに向けて体力温存しなきゃね。
にゃあ。  

2006年10月10日

Underground Nuclear Testing

憂鬱だよ。

一握りの優秀な科学者達が開発した核で人の命だけではなく、アリとかクマとか可愛い植物とかのささやかな命があっという間に消滅させられるんだもんな・・・。
今、一生懸命政治家は北朝鮮をやっつける会議とか水面下で話し合っているんだろ?
勘弁してよ。

奇麗事言うなよ、って言うなよー。
戦争はいつもそう。イメージとイメージとの衝突。
名も無い若者がどんどん死んでいく。そして、「もう、二度と繰り返さない」と誓う。
メディアを鵜呑みにしちゃだめだよ、皆さん。
ああ、愛してるから、もうやめてくれ。

って、外見たらの木に柿がなっていた。
秋、ありがとう。愚かな僕らに届けてくれた、季節の永遠。  

2006年09月21日

秋らしいのね

最近涼しくなってきた。僕は、境界線に立っていて、その境界線をいつも愛しいと思っている。境界線というのは、夜と朝の間に落ちた水性絵の具をパレットで溶かしたような淡い藍色だったり、昼と夜の間に滲む茜色の切ない別れだったりする。
冬から春に移り変わる時の短い日溜りや、夏から秋に変わる時の、少し長く伸びた影に毎度飽きもせず心を動かされては、絶え間ない地球の鼓動に不釣合いな笑顔を浮かべる。

ああ、27度目の秋だ、と。だからほら、文体が何時にも増してロマンチック。

時間の許す限り、いつもお世話になっているカフェ「ニーチェ」で、シナモントーストとホットコーシーを未熟な唇に付けて「うーん、贅沢な一杯じゃ」と頷きながら舌鼓を打つ。何だかんだ言って、コーシーの道連れに読んだ本は、15冊。向田邦子の『父の詫び状』、阿刀田高の『ギリシア神話を知っていますか』、群ようこの『無印OL物語』、村上春樹の『若い読者のための短編小説案内』、外間守善の『沖縄の言葉と歴史』、ノーム・チョムスキーの『メディア・コントロール』、よしもとばななの『キッチン』『NP』『不倫と南米』『日々のこと』、パウロ・コエーリョ『ベロニカは死ぬことにした』

等等ドナドナ。僭越ながら、敬称略したことをこの場を借りて謝罪します。ごめんなさい。

読み物でも新聞以外の映像のニュースは片目で観ている。(正直、新聞も仕方なく読んでる)だって、得るのないもの。恐怖心を煽る報道は百害あって一利なし。いや、一利あるのは一部の方々。だから、観ない。その代わり、本を読むよ。そっちの方がよっぽど豊かな気持ちになる。


あ、そうそう、話題はこちら。今日の沖縄は、台風一過、すっきりと青空が広がっていたから、OMPFメンバーで秋刀魚大会を開いた、というお話。秋刀魚っていかにも、“秋”って感じがするし、今が旬だし。

備長炭でこんがり焼いた北陸産のジューシーな秋刀魚に加え、エノキのバター醤油焼き、ホタテ、蛸、イカ、チンゲンサイ、オクラ、鳥肉といった豪華食材を炊き立てのご飯に乗せて平らげた。祭りの出店のような香りに包まれて、乾杯。いつもいつも会議ばっかりで、全然飲みに行けないOMPFメンバーへのせめてもの感謝の意を表しての会だった。

すごいなあ、と思ったのはイベント経験豊かなメンバーのYや、映画の制作スタッフを何度も経験している初老のCOは、非常に手際よく野外にライトをセッテイングしたり、テーブルや椅子を並べたり、ゴミを捨てるビニール袋を的確に配置したりしていた。あとは、お上の女性陣に食べていただくわけだが、「はんぺん最高」といきなり右ボディーを食らった以外は大変満足していただけたと信じております。

さてさて、ぼちぼち映像祭の足音が聞こえてきますよ。
耳栓しないでついてきておくれ。

下ジーン  

2006年09月09日

まちで見かけた“そりゃないぜ”第一弾

最近、歩こうかと。

いやなに、健康のためとかそういうのじゃなくて、地域探訪的な狙いでさ。
僕はウチナーンチュ・スターティングメンバーに憧れているので「近くても車で移動」「何はなくともクーラー命」「ゴーヤー大好き」「夜行性」は貫いています。でも普段、車で移動すると気付かないことも、歩くことで“発見!”なんてことが結構あって、最近はなるべく歩くようにしているのよ。

したらばこの間、とある電柱に議員さんのチラシが張られてて、あのおきまりのスマイルと公約がそのチラシにはデカデカとあるわけね。公約は確か「元気なまちに!」だったかな?でも、偶然とは罪深い。すぐ上に“バイアグラ販売します”と同じくらいの大きさのチラシがあるではないか!

脱帽ですよ。これは、笑いの神の仕業ですよ。

だって、遠目に見たら“上下2枚で1枚のポスター”にしか見えないもん。あれだけタイミング良く張られたら「うん、まち、元気になりそう・・・」と言いたくもなるさ。そこをグッと堪えて、その場を逃げるように後にして、次に向かったのは市場。

観光客で賑わっている那覇の市場に「塩」を買いにいったのよ。
したらば。僕を観光客と思った市場のおばさんが風営法違反じゃないかと思うくらい強引に試食やら「にーさん東京から来たの?絶対そうだはず!ねっ、これ食べてごらん。おいしいから!ね、おいしい?じゃあ、買うでしょ?ね?買ってよ」と売りつけようとするから最初は泳がせていた僕もここでビシッと言わねば、と思い「おばさん、俺ウチナーンチュだよ」というと、「はっしぇ、何で早く言わん!そうね。じゃあ、いいさ。あら、そこのあんた、どこから来たの?東京から来たの?」と、これまでの熱が嘘のように次なる獲物にアタックしているではありませんか。どうやら、沖縄に来る観光客はみんな「東京」からいらしていると思っているのかもしれませんな。何だかなあー、と阿藤快のように呟きながら、そして本来の目的を見失いそうになりながらその場を後にしました。

でもね、好きだよ。

したたかな沖縄、好きだよ。とてもじゃないが真似はできないけれどあの、意図していない笑いや、多少?強引な絡み、全てが愛らしい。

いやはや、どうやら僕はウチナーンチュのようだ。

下ジーン  

2006年08月29日

ニュース

子供の頃は無敵だった。明日が楽しみで、今日が終わって欲しくなくて。
眠る前には読みきれない程の絵本を運んできて一日の終わりを告げようとする眠気と戦い、時には夢の中にまで物語を運んだ。

僕は、「最後」という言葉が昔から好きじゃない。

あれは、確か5歳の頃。

近所にいじめっ子がいた。体が大きく、喧嘩ばかりしていたそのいじめっ子は、もれなく僕をいじめた。で、泣きながら帰ると母親はちょうど夕飯を作っていた。ホッとしたのか悔しかったのか、顔を見るとさらに泣けてきた。普段から、怪我や悪戯で周囲を驚かせてばかりいたのでいつものことかと思ったのだろう。「おいで」と、抱きかかえたまま鼻歌を歌った。どんな交響曲よりも、どんな歌手よりも平穏を取り戻す鼻歌を。琥珀色に染まった窓の外は、とてもとても遠くにあるようだったし、まな板の上にはブロッコリーやら人参やらが退屈そうに待っていたが、僕の時間を彼女は優先してくれた。当時は永遠だった。でも、まだ涙が乾かぬうちに僕に言った。

「重くなったわね。お母さんが、抱っこできるのはそろそろ限界ね。これからは、年をとって行くお母さんをいつかあなたが抱えるようになるんだろうね、今日が最後かな。」

最後。

もう、これからは決して戻ることができない、という意味。僕は、杭を打ち込まなければいけない。深く深く、振り下ろす度、「終わりなんだ」と頭の中で言い聞かせる。

大人になるということは、感受性を食い尽くしていくことのように思え、強烈に失いたくない何かを理解できず、小学校に上がった春、家のベランダに「こどもでいたい」と彫りこんだ。無敵だったのに。あんなに無敵だったのに。怪我をしないようになって、敬語も使えるようになって、社会の“チツジョ”にもそれなりに触れ、お金の大事さを分かってきた代わりに僕は何かを失ったのかもしれない。その、“何か”というのは理由の無い真実。理屈じゃ追いつけないこと。圧倒的な楽しみ、とか。

夕方のニュースで、若い母親が、子供2人を殺害したと鬼の首を取ったように報じていた。飲酒で子供3人を死に追いやった若い公務員に、抗議の電話が鳴りっぱなし、というニュースも流れた。この国は匿名で「悪(こちら側にとっての)」を攻撃する。特に、これと言ったオチを用意してないが、ニュースにつられて記憶が蘇った。
ただそれだけのことだ。                         

下ジーン  

2006年08月23日

恋愛学概論2時間目

“愛”の定義。一応辞書によると、

「親兄弟の慈しみ合う心。広く、人間や生物への思いやり。男女間の、相手を慕う情。大切にすること。キリスト教で、神が自らを犠牲にして人間をあまねく限りなく慈しむこと。(参照:広辞苑)」だそうだ。愛って、人間の専売特許なのかしらん?詳しいことは存じ上げないが、日本には元々“愛”って価値観は無かったように思える。日本における愛に相当する単語を強いて言えば「循環」かな・・・?生きるために、或いは、小さなコミュニティーでも滞ることなく関係を維持するために、自然と(子供がオリジナルのルールで野球をするように)堆積してきた意識が日本にはあって、“愛”はヨーロッパからの外来語なのかと。(もしかして、すでに常識?!うーん、無知は恐ろしい)つまり、便宜上生まれたシステムってこと。うわー、超クールな考え!
でもさ、世界中の国々の世界中の人が“愛”について共通した認識があるなら、それこそ「愛は地球を救う」が実現しそうだよね。今もこの瞬間も、どこかの国では戦争しているし、飢えている。そして、大概“愛”を声高に叫ぶ人の殆どが先進国。

下ジーンが思うに、(前にも書いたが)愛はマイノリティーじゃないかなあって。とても、不確かなもの。呼吸のように当たり前で、呼吸のように根源的だけれど普段は意識されない存在。だから、大事にしなきゃなんない。

愛よりも食料を必要としている人、愛よりも怪我の治療を望む者が沢山いる。その人が一番必要としていることをまずしてあげたい。しかぁし、ご周知の通り、私は深海の空き瓶のように無力。例えばコーシーを飲むたびに「ああ、これは外国の農薬たっぷりのプランテーションで働く幼い子供達が小さな手で摘み取った豆が遥々ウチナーくんだりまでやってきたのですね」と胃袋を満足させながら想像するのです。そこにフェアトレード商品があれば選ぶが、なければ無いでそのまま飲んじゃう。その辺りは中途半端だなあって思うけど、可能な限り「一度当たり前を疑って」いる。

世界中の問題を受け止める器は下ジーンには無いので、日常の中でまず周囲の人を愛して、余裕が出たらたまには募金でもやろうかなあ、っていうスタンス。

全然かっこ良くない。

とてもじゃないが、模範解答は示せない。が、できることしかできないのでできることをできるだけするということ。ふふふ、ややこしいぜ。これに尽きるのです。本日のまとめをすると、

「愛とは、命が保障されて成立し、世界に触れて深みを帯び、与えられて蓄積されるものだが、電池と異なり、使っても減らない」ということだ。

よし、これからは愛の定義は上記の通りとす。
下ジーン  

2006年08月18日

生きる

僕は生きている。食べて、飲んで、寝て、時々恋をして2006年の8月を過ごしている。
人間は食物連鎖の頂点に立っている、という絵を幾度と無く目にし、「人間一人の命は地球より重い」と刷り込まれてきたが、今は声を大にして言える。

「人の命は多くの犠牲の上で成り立つささやかな存在でしかない」と。

生きる権利を振りかざし、山を崩し、海を埋め立て、武装し領土を拡大させ、高級食材を油まみれの胃に流し込み、己の正義を信じて疑わないのが我々人間の社会。

愛はマイノリティーなんだよ。

だから、大切にしなきゃいけない。でもそれは、恋とは少し違う。本質的なスピードで、歩こうか。神とか霊とか特別信じてはいないが、いても不思議は無い。そして、存在しているほうがロマンチックだと思う。

で、幸いなことに僕は生きている。

下ジーン  

2006年08月14日

今年のOMPF

実行委員長という立場でありながら限りなくそれとは遠い気がする日頃の日記の内容。本当に“独り言”。「実行委員長は基本的に思いつきで書いているので、残りのスタッフが手分けして“映像祭”に関する話題をローテーションで回し書きしていきましょう」とメンバーの一人が申し出た。これは、名案です!非常に良いことです。とは言ったものの、それを言わせちゃう俺ってどうなの?!これって、完全に分けられたってこと?!窓際じゃないですか!にゃーん。と、心の中で壁にガリガリ、ハンカチ噛み噛み。突如目の前に現れた「責任」の二文字に回し蹴り食らわされてしまった。それならば、ということで書いてやろうじゃないのよ、『映像祭』の話題をよー!(←でも、そもそもそれが正常なんだけどね)

去年開催したときは、右も左も後ろも前も分からない僕らは、暗中模索、五里霧中、天然素材、野苺好物、(最後の二つは違います)で奇跡的に開催できた。それはひとえにスポンサーや、行政関係者、マスコミ、審査員の方々、沖縄フィルムオフィス、個人協賛してくださった方々の後ろ盾があってのことです。(取って付けたようにきこえますが、本当に感謝しております)。主催者側としては、開催に対する確かな手応えと、作家の可能性を信じ本年度の開催に向けて準備を進めている次第なのです。

今年は、作品募集段階で「生きる」をテーマにした作品、「1分間のコメディー」といった、新規に作られた作品を中心に公募をかけました。去年の78 作品という本数に比べて、数としては減るのは予想しておりました。が、締め切り2日前でも5本しか集まっていなかったので正直「にゃーん」でした。(感覚的に意味は感じ取って下さい)このままでは、開催そのものが危ぶまれたのですが締め切り当日、その次の、また次の日・・という具合に次々と作品が届き、遅れて出品した人も合わせるとなんと、50本弱!(正式本数は追ってご連絡)っていうかギリギリ過ぎて昼ごはん喉を通らず、でした。でも、何とか試合は出来る数になった。後は、中身です。

現在、実行委員会による審査真っ最中。長いものでは90分以上の作品もあるので、数日に分けてノミネート作品を選定している。気になる中身の方はというと・・・・

「面白い!」のです。

去年とは違った顔ぶれなので作品の色も異なる。全体をまだ見ていないのですが、パワーのある作品が去年より多い、という印象。素晴らしいことです。
主催者側としては、“温かいホームパーティー”且つ“刺激的”な映像祭を創りますので楽しみにその日をお待ちくだされ。では、今日のところはこの辺で!(達成感!)


P.S レバノン情勢が気になります。あと、最近日本のメディアってかなり危険だと思いませんか?完全に恐怖生産工場化している。  

2006年08月08日

アンジェラアキ

下ジーンは音楽が好き。もっと言うと「音」が好き。子供の頃、野球部が履いているスパイク欲しさに野球部に入った。あれで、アスファルトの上を歩くと“カリッカリッ”と音がして、まるで瑞々しい野菜スティックを食べているような気持ちになる。練習も楽しかったが、夕方の帰り道が待ち遠しかった。で、野菜スティックの道を辿って家に帰ると時々音楽があった。

母親は、サイモン&ガーファンクルやビートルズ、カーペンターズが好きだったので子守唄が「スカボロフェア」という、渋い選曲でウーマクーな下ジーンを寝かしつけた。その影響があるのだろう、基本的にアコースティックギターやピアノとボーカルというシンプルな編成が結構好きなんだ。

音楽から(英語の歌詞だから意味なんて分からず)物語りを想像した。感情を想像の中で爆発させて宇宙と繋がったり、エジプトのピラミッドに登ったり、風吹くアイルランドの黒い土にキスをしたりした。これまで魂を掴むような音楽に何度も助けられたんだ。

最近は、レディオヘッド、ビョーク、ミューズ、COCCO、ジェフバックリイのほか、ジャズも聴くようになった。決して、熱心にレコード屋に通うタイプじゃないので偶然出会ったアーティストを長い間聞き込むのが常。

そして、見つけました。

アンジェラアキ。何て言うんだろう・・・。筋金入り、っていうのかな、嘘が無いのよ音への姿勢に。自分らしくいることがどれほど難しいか彼女は知っているんじゃないかな。だから、“自然体”を装うことなく真っ直ぐ思いを音楽に託している。ずうーっと、一つのことだけをしてきた人って独特のオーラがあって「俺みたいな甘ちゃんは立ち入れませんな」という気持ちにさせる。幾つもの山を越え、幾つもの谷を渡り、ただひたすら黙々と目の前のことをやり続けることで年輪のように刻まれていくものがあるんだろう。

アンジェラアキはそれら全てを経て、そして現在進行形で音楽という世界共通言語で自分と人を繋いでいる。上手く歌う人は沢山いるが、声に想いを乗せることが出来る人は限られている。恐らく、後者の方が音楽に認められた人なんでしょう。

下ジーン  

2006年08月03日

恋愛学概論1時間目

最近耳にした。「男の恋愛観は“名前を付けて保存”。女の恋愛観は“上書き保存”」。
思わず、うまい!と綻んだジーパンの膝を叩いた。
もちろん、この類の話で多々展開される“男って”或いは“女って”っていうのは相対的なものであって、全てにおいて共通しているわけではない。ついでにいうと、この世で全ての生物において共通しているというのは「生と死」以外に思いつかない。

でも、この例えのヤラレタ感は否めない。多くの男は、己のフォルダーに昔の女への思い出を大事に保存している。そして、時々引っ張り出して懐かしむ。一方、これまた多くの女は、“今”にエネルギーを注ぐ。別に昔の男の記憶が無くなる訳ではない。ただ、もう愛していないだけだ。(哀しいかな、男はその事実に打ちひしがれる)
浮気がバレた時の男女のリアクションにも違いがあるようだ。男はビクビク、女は堂々。
確かに、テレビとか観てると浮気がバレた時の男のアタフタ感は女性のそれと比べたら全然違う。友人にアンケートをとったことがある。“女の人が現実的と言われる理由は?”
彼女が言うには、「男の人よりも時間を意識することが多いからかな。結婚とか出産とか社会的な状況とかね」と。
それは一理ある。男のロマンは、それはそれでアリだけど夢じゃお腹は満たされない。
現実は理想を凌駕するのです。しかし恋愛は、人を育てる。皆さんはいい恋してますか?

ここまで書いて映像際の話題に全く触れていないことに気付いた。いつものことですが。
恋愛学概論は不定期に続けていきたい。でも、OMPFがメインですよね・・・。
作品募集が7月31日に締め切られたので、状況を報告しないとな・・と一瞬頭をカスッタのは事実ですが、書きたい話題を優先させちゃいました。
応募総数は今週末にホームページ上にアップさせるので、こちらをご覧下さい。
さて、今夜はジョンレノンの『ラヴ』でも聞こうかな。  

2006年06月24日

OMPF打ち合わせ

今年のOMPF実行委員会に(と言ってもまだ2回目だ)新たな顔ぶれが。
そもそもこの映像祭のメンバー構成はどうなっているのか。
多くの方にとって全く興味が無いことかもしれませんが、大事なことなので発表したいと思います。なぜ、大事かと言うと構成員のキャラクターやモノの考え方、嗜好などが確実にイベントに反映されるからです。つまり、この日記を今まさに読んでいるあなた。少なからずともこの映像祭に興味があるからカチカチとマウスをクリックしてここまで辿りついたわけで、それならばこの映像祭の動向が少しは気になっているはず!
でしょ?そうだと言って。
だったら、ってなことで今日はメンバーをかるーく紹介します。

まず、新たに加わったメンバーから。一人目は、通称「カマちゃん」。高校生からの友人で、頭が良く読書家。
体も声も大きい社長タイプ。でも、結構繊細な一面も。彼が参加したことで、大胆且つ繊細なアイデアがイベントに盛り込まれるだろう。早速、企画書作成を依頼しました・・・。うふふのふ。

次に紹介するのが通称「ヒロコちゃーん」。彼女は去年の第一回目から参加していて、今年は企画の段階から関わりたいと積極的に参加を希望してくれた。
クールで賢い。いつも、何か言いたそうな顔しているので「何か言いたいことは?」と下ジーンが訪ねると「ああ、この場合はこの方がいいんちゃう?」などと返すことが多い。そんなやや変わり気味な彼女の担当は“イベント”。期待してますよ、ヒロコちゃーん。

んで通称「Y氏」。彼女も下ジーンの高校からの同級生。去年は彼女と一番喧嘩した。だって怖いもん。っていうのは置いといて、彼女はかなり秀才。思えばこのメンバー、下ジーン以外みんな賢いなあ・・・。芯のある子で仕事は「やると決めたら責任持ってちゃんとやる」から、安心して議論ができる。下ジーンの理解者だ。

最後が、通称「チエちゃん」。東京出身の沖縄在住の美らかーぎー(美人)で、去年、OMPFボランティアを募集したときに最初に名乗りを挙げてくれたのが彼女だった。チエちゃんは、とにかく動く。しかも、目的と方法を吟味して動く計画性と、思い切りの良さがある。映像を観るのも作るのも好きで、自然体ながら揺ぎ無い“意思”を感じる。頼りになる子だ。

さあ、ここまで書いてページが尽きそうになってきたぞ。OMPF中心メンバーは、あと2人いる。下ジーンを除いて。次回はその2人を紹介します。
この2人はまた強烈。っていうか仕事頑張りすぎて病院通い。おじいちゃんみたいな2人。
お楽しみー。
で、OMPFのベクトルは結局どこへ?!そんな疑問は次回に持ち越しだいっ。  

2006年06月16日

バランス

梅雨ですよ。天から伸びた糸を辿って降りてきた豊穣の祭典の使者達。といいたいが、今年は降る。とにかく降る。土砂崩れや地盤沈下が各地で相次いでいて、公民館に避難する住民の数も200を超える。こんなとき世界が絶妙なバランスで成り立っていることを痛感させられる。晴れが続きすぎてもいけない、雨が降りすぎてもいけない。ものごとは、「すぎる」とオーバーフローするようにできているのだ。

頭では分かっているがどうにもならないことだってある。働きすぎは良くないと言われていても働き過ぎても終わらない仕事が目の前にある。地球温暖化問題をどうにかしなければ、とクーラーガンガンの部屋で会議を行う。僕らは、矛盾から目を逸らせて生きている。
宇多田ヒカルの歌詞で「無理はしない主義でも君とならしてみてもいいよ」というフレーズがある。思わず口ずさんだ。「無理をしない」。
度を越えると手にした以上の何かを失うことがある。でも、「きみとならしてみてもいい」
とそれでもやっちゃうという人間の業に魅力を感じる。
僕は未熟者だ。  

2006年05月28日

「犬も喰わない話はやめたいけれどやめられない」

皆様、お待たせしました。ついに、あ、ついにっ!開催場所と作品応募先を掲載することができました。開催場所は、桜坂劇場。劇場ですよ?去年お世話になった会場も素晴らしかったがやはり、映画館で作品を観るのとは違う。だってさ、自分が作った映像が見ず知らずの人に囲まれて大きなスクリーンで音響バッチリで上映されていることを想像してごらんなさいよ。しかも、審査員達の「ふむむ・・・」というリアクション付きで。
俺なら、逃げる。無理だー!耐えられねー!あ・・・でも待てよ・・・、そうは言っても観客の反応や審査員の酷評(これは避けられん)にさらされて作家は育っていくものだし、純粋に他の人の目が、反応が気になるからな・・・。やっぱりその場に居るかな。うーん、でもやっぱり分からん!間を取って、一応ドアの隙間から見てるかも。でもそれは怖いかも(その光景がね。しかも「間」取れてないし)。
で、今回、事務所を持たない可哀想な実行委員会の要望で沖縄フィルムオフィスが作品応募の窓口になることはできないか、というお願いを快く引き受けて下さり、書類の手続きなどでご尽力して下さったフィルムオフィスの又吉様、本当にありがとうございました。
7月31日までが応募期間になりますがその間お世話になります。
いやあ、どうしようっか。皆さん。どうする?
何がよね。  

2006年03月26日

「骨」

(お断り:即日掲載の予定でしたが、諸事情により遅ればせながらの掲載にて…)

 先週、大学時代からお世話になっているM先生のお父様が御逝去された。下ジーンも一度お会いしたことがあって、たしかM先生の誕生会での席だったと思う。

 「彼は、医者だったのでパーキンソン病を患ってからは誰よりも葛藤していたと思う」とM先生は固く閉じられた瞳のお父様の前で湧き水のような小さな声で話した。とても厳しい人だったという。でも、そのDNAは子供達にちゃんと引き継がれていて大学の先生とチェンバロの奏者という非凡なる成長へと導いた。一度だけの付き合いだが、ずっと前から知っていたような不思議な気持ちで棺桶をのぞき込んでいた。外は、肌寒いが小春日和。

 親戚や旧友、職場仲間が次々に訪れて最後の別れを偲んでいた。下ジーンは、砕いたガラスを散りばめたような美しい陽の中を故人が横たわる棺を担いで霊柩車にのせた。

 その足で、火葬場に向かう。
 
 2時間足らずで肉体が目に見える世界からは消える。

 生と死を分かつものは何だ?

 システマチックに淡々と進むことについていけない女の子が泣き崩れた。遺骨を見せ付けられ、受け入れる以外に選択肢は与えられない残酷さに自己防衛のためか地面のタイルの数を数えてみたりする。

 はい、終わり。
 はい、始まり。

 誰が最初に、始めと終わりの号令をかけたのだろう?誰が、世界で最初に死んだのだろう?
下ジーンも死ぬのだろうか?でも、それでも、死ぬまで生きる。当たり前のことだけど、意味が違う。
毎日毎日、豊な心で全力で生きる。

 それが、生きているものが唯一できる死者への供養なのだから。